国立精神・神経医療研究センター(NCNP)、大阪大学(阪大)、筑波大学、日本医療研究開発機構(AMED)の4者は3月16日、加齢に伴って低下した脳の修復力が、「APJ受容体」の働きによって回復することを明らかにしたと発表した。
同成果は、NCNP 神経研究所 神経薬理研究部の村松里衣子部長、阪大大学院 医学系研究科の山下俊英教授、筑波大 生存ダイナミクス研究センターの深水昭吉教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国科学誌「Nature Aging」に掲載された。
「髄鞘(ずいしょう)」はミエリンとも呼ばれ、神経を覆うようにして存在し、神経活動の伝達に関わる重要な構造物のことだ。脳や脊髄のさまざまな疾患によって髄鞘の脱落が観察されているが、その部位は神経機能が障害されるため、髄鞘の脱落が関わる疾患においては、症状の悪化と関連することが認識されている。
そうした髄鞘が脱落した部位を修復させるには、髄鞘を構成する細胞であり、脳のグリア細胞の一種である「オリゴデンドロサイト」の前駆細胞を分化させる必要がある。傷ついた神経回路は、このオリゴデンドロサイト前駆細胞の分化によりしばしば自然に修復されるが、加齢に伴って分化能力が低下していく。その原因としては、オリゴデンドロサイト内の分子発現の変化が関わるという報告がなされているが、その分子メカニズムはこれまでのところ不明だった。
そうした中、共同研究チームは今回、マウスを用いた実験から、髄鞘が修復しやすい条件のオリゴデンドロサイトに豊富に発現する分子として、APJ受容体を発見した。APJ受容体は脳だけでなく、血管内皮細胞など、全身に広く発現する受容体だ。オリゴデンドロサイトに発現するAPJ受容体を欠損したマウスでは、髄鞘形成や運動機能の不良が顕著であることが確認された。
また、老齢マウスを用いた実験から、老齢マウスの体内においては「アペリン」の量が低下していること、APJ受容体を活性化させると傷ついた髄鞘の修復が促進されることが突き止められた。アペリンとは、APJ受容体の内因性のリガンド(受容体のある決まった部位に特異的に結合する物質)の一種である。
免疫系の異常により髄鞘が傷つくと考えられている、難病である「多発性硬化症」の患者の脳にあるオリゴデンドロサイトにもAPJ受容体が発現していることも判明。そして培養細胞を用いた実験から、APJ受容体の活性化がヒトのオリゴデンドロサイトの分化も促すことが確認されたとした。
今回の成果により、老化脳を修復させるメカニズムの一端が判明した。今後、アペリンとAPJ受容体がどのような脳機能の改善作用を持つのかについて、さらに研究を進めることにより、多発性硬化症など、髄鞘の傷害が見られる疾患の治療薬を開発することにつながることが期待されるとしている。