東京大学、産業技術総合研究所(産総研)、高輝度光科学研究センター(JASRI)の3者は3月5日、大型放射光施設SPring-8において「回折X線ブリンキング法」を用いて、X線光化学反応中に急速に変化するハロゲン化銀、および生成された金属銀の結晶1粒子の超微細構造の動的変化(ダイナミクス)を測定することに成功したと共同で発表した。
同成果は、東大大学院 新領域創成科学研究科 物質系専攻の倉持昌弘助教(産総研 産総研・東大 先端オペランド計測技術 オープンイノベーションラボラトリ バイオ分子動態チーム兼務)、同・佐々木裕次教授(産総研 産総研・東大 先端オペランド計測技術 オープンイノベーションラボラトリ 特定フェロー兼任)らの研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
多結晶材料の構造は、数百万個の粒子集合体として、その平均的な性質をX線回折測定により調べられている。しかし、この方法では材料物質の局所的環境や界面構造、構造的特徴により生じる機能発現と関連した個々の結晶1粒子の動態、格子構造変化などの動的情報を得ることはできない。
そこで研究チームが2018年に開発したのが、「回折X線ブリンキング法」(Diffracted X-ray Blinking:DXB)だ。DXB法は、タンパク質1分子内部の微細運動変化を検出することに成功したのである。
DXB法は、これまで生体分子のみを対象として使用されてきた。そこで今回の研究では、無機分子多結晶材料への適用が行われ、それが可能であることが明らかとされた。
DXB法では、機能発現に伴った材料物質の動的構造変化を「無標識」で取得することが可能だ。今回はX線をマイクロメートルサイズに集光し、熱処理前後のハロゲン化銀1粒子(直径~100nm)の動態を50msで時分割測定された。その状態でDXB法を用いて計測が行われたところ、写真のフィルムなどに使用されている「ハロゲン化銀」および光化学反応によって生じる金属銀の回折輝点が、明滅(ブリンキング)している様子が観測できたという。
この明滅現象の詳細な分析が行われたところ、θ方向に動く回折輝点が結晶粒子の傾斜(倒れこみ)運動を表し、X方向に動く回折輝点が結晶粒子の回転運動を表していることが確認された。しかも、ハロゲン化銀だけではなく、生成物である金属銀でも観察に成功したのである。なお金属銀とは、ハロゲン化銀にX線などの高エネルギーを照射すると化学反応で形成される銀のことである。
さらに金属銀では、「デバイ-シェラー環」(単色のX線を多結晶材料に入射すると、入射点を中心として得られる環状の回折像)の外側に飛び出す回折輝点が観察され、これは、結晶粒子が傾斜(倒れこみ)・回転運動を伴いながら格子構造変形を表す現象であることが判明した。
これらの物理特性を反映した回折強度変化に対し、研究チームによって考案された「1ピクセル自己相関解析法」が適用され、結晶粒子の運動が評価された。同解析法は、時系列データ解析法の一種で、得られた時系列データを、時間シフトさせたときの自身の信号とどれだけ良く整合(相関)するかを測る尺度として定義されるという特徴を持つ。
そして解析の結果、熱処理前後のハロゲン化銀と金属銀はそれぞれまったく異なる動態を示すことが明らかとなったのである。
さらに、この動的性質はハロゲン化銀と金属銀で相関を示すことも判明。これは、生成される金属銀の形状特性や粒子集合体の空隙状態に反映することが考えられるとしている。また、回転拡散係数が見積もられたところ、0.1~0.3pm2/secだった。原子1つの大きさの1/10という、ピコメートルスケール(1pm=1兆分の1m)の微小変化を検出可能であることが確認されたのである。
2000年以降、2019年のリチウムイオン二次電池など、数多くの結晶状態の物質系がノーベル賞を受賞している。これらの材料では、結晶状態の微小な構造変化が機能発現と密接な関係にあるという。これら材料の機能を最大限に発揮させるための最適な設計には、安定的な構造的特徴だけでなく、動態情報が鍵を握ると考えられているが、未解明な部分である。
そうした中、原子レベルの空間分解能、ミリ秒からマイクロ秒レベルの高速測定、そして非標識で結晶材料の1粒子動態測定が可能なDXB法なら、数多くの結晶系の動的情報も得られると期待されている。つまり、リチウムイオン二次電池をより高効率化することも期待できるというわけだ。
また、DXB法は、大型放射光施設のX線による測定のみならず、研究室レベルの小型X線光源を利用した計測も可能である点も大きな特徴だ。小型X線光源を利用することで、例えば、ダメージレス測定、長時間測定、計測条件や試料選定といったスクリーニング的測定など、多様なニーズに合わせた測定を行えるという。
研究チームは今後、さまざまな結晶材料系を対象として、温度、電圧、圧力などの物理応答に対する評価技術開発をルーチン的に測定できる技術開発を進め、「結晶動態」という新しい材料設計の指針を提供していくとしている。