東北大学は3月4日、高解像度の気候シミュレーションを行い、夏の関東地方に及ぼす「黒潮大蛇行」の影響を詳細に分析した結果、黒潮が大蛇行するときほど海から関東地方に多くの水蒸気が流れ込み、温室効果により蒸し暑い夏になることを発見したと発表した。

同成果は、東北大大学院 理学研究科の杉本周作准教授、米・ハワイ大学マノア校のBo Qiu教授、同・Niklas Schneider教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米気象学会が発行する「Journal of Climate」にオンライン掲載された。

気候は、まず太陽からの熱エネルギーがどれだけ入ってくるかで変わってくる。地球の公転軌道は太陽を中心とした完全な真円を描いているわけではなく、楕円であるため、季節による距離の違いから入射するエネルギー量が変化する。自転軸に傾きがあることも、季節によって入射するエネルギー量が変化する要因だ。

入射したエネルギーは大地や海洋を温め、その結果として大気も温められる。大気の循環や海流などによって、最も入射エネルギー量の多い赤道付近から極地方へと徐々に熱が運ばれていく。また海洋が温められた結果、水が蒸発して雲になると入射エネルギーが減るなど、複雑な要素が絡み合った結果、地域による気候の特徴が生じ、また日々の天候の変化につながっていくのである。

そうした中、近年になって注目されるようになってきたのが、海流が気候に及ぼす影響だ。日本の南側には世界最大規模の暖流である黒潮が流れている。この黒潮が2017年夏に大蛇行流路に遷移し、3年半が経過した現在でも継続中で、記録史上2番目の長さとなっている。

  • 黒潮大蛇行

    気象庁が判定した1965年以降の黒潮大蛇行期間 (出所:東北大学プレスリリースPDF)

かつては、大蛇行で黒潮が本州から離れると関東・東海沖の水温は低下するとされていた。ところが、近年の人工衛星による詳細な観測により、大蛇行期に出現する黒潮分岐流に伴い関東・東海沖の水温が上昇することが示されたのである。

  • 黒潮大蛇行

    黒潮が大蛇行していた2018年7月1日の海面水温の平年差。ここでの平年とは、黒潮が大蛇行しなかった2006年から2016年までの平均値とされている (出所:東北大学プレスリリースPDF)

夏は南風(南側から北側に向かう風)が吹くため、大蛇行に伴う関東・東海沖沿岸の昇温が近隣の諸都市に影響を及ぼすことが予想されるという。しかも日本の夏は、太平洋高気圧やチベット高気圧、エルニーニョ現象などの影響も受ける。そのため、日本への黒潮大蛇行の影響を検出するためには、高解像度気候シミュレーションの実施が必要なのである。

そこで国際共同研究チームは今回、スーパーコンピュータ(スパコン)を用いて気候シミュレーションを実施し、黒潮大蛇行に伴う関東・東海沖沿岸昇温が日本の夏の気候に及ぼす影響について、詳細な分析を実施した。スパコンは、東北大学サイバーサイエンスセンターのものが用いられ、気候シミュレーションには気象庁非静力学大気モデルが用いられた。

今回の研究では、沿岸昇温が発生した海と発生しない海を用意し、それぞれに対する大気応答を比較することで黒潮大蛇行に伴う沿岸昇温の影響が評価された。気候シミュレーションは沿岸昇温の影響を十分に表現できるように5kmの高解像度で実施された。

シミュレーションの結果、黒潮大蛇行の影響で関東地方の気温が約0.6度上昇することが判明。この実験結果は、最近の大蛇行期間に観測された気温上昇と同程度だという。

  • 黒潮大蛇行

    黒潮大蛇行時の夏の気温変化。(左)気候シミュレーション結果。(右)観測結果。大蛇行時(2017年~2020年)と非大蛇行時(2006年~2016年)の差 (出所:東北大学プレスリリースPDF)

そして気温上昇のメカニズムとして、まず大蛇行に伴う沿岸昇温により蒸発が盛んになり、関東地方に流れ込む水蒸気が増加。その結果、温室効果で気温が上昇することが明らかとなったのである。それに加え、黒潮大蛇行の影響で高くなった湿度により関東地方では不快日の数が倍増することも指摘された。

  • 黒潮大蛇行

    関東地方への黒潮大蛇行の影響が表された模式図 (出所:東北大学プレスリリースPDF)

温室効果ガスといえばCO2がその筆頭に挙げられるが、実は水蒸気も温室効果が高い。実際、近年は、大気中の水蒸気が地球温暖化の進行とともに増加していることが指摘されている。今回の研究結果を加味すると、今後、黒潮の流れ方によっては関東地方は一層厳しい夏になることが懸念されるという。

また、今回の研究では、首都圏を含み、4000万人が居住する関東地方が着目されたが、実験結果によると黒潮大蛇行の影響は東海地方も含めた広範囲に及ぶ可能性があるとしている。2020年8月17日に静岡県浜松市の気温は41.1度を記録し、日本国内の観測史上最高気温のタイ記録となった。このときも黒潮は大蛇行しており、浜松沖の海水温は例年より3度ほど高い状態だったことが判明している。

  • 黒潮大蛇行

    2020年8月17日の海面水温の平年差。平年の値は、黒潮が大蛇行しなかった2006年から2016年までの平均値 (出所:東北大学プレスリリースPDF)

こうした事実から、この記録的猛暑の要因のひとつに黒潮大蛇行の影響が示唆されるという。今後、熱中症リスクの低減や気候変動適応計画の策定においては、黒潮の動向、および黒潮に伴う海水温の変化をさまざまな観測プラットホームで監視し、その変動メカニズムを深く理解していくことが重要だとした。また今回の発見は、地域気候に及ぼす海洋の影響を検出したものであり、このことを要素に入れることで、天気予報や季節予報の改善にも貢献することが期待できるとしている。