日本原子力研究開発機構(JAEA)ならびに東北大学は3月5日、電子回路の基本的な性質「インダクタンス」を電子スピンの特性を活用することにより広範囲に制御する新しい方法を見出したと共同で発表した。

同成果は、JAEA 先端基礎研究センター スピン-エネルギー変換材料科学研究グループの家田淳一研究主幹(東北大 電気通信研究所 客員教授兼任)、東北大 学際科学フロンティア研究所(電気通信研究所兼務)の山根結太助教らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会誌「Physical Review B」への掲載に先立ち、オンラインで公開された。

パソコンやスマートフォン(スマホ)などの電子機器の小型軽量化、省電力化要求は留まるところを知らない。当初はビルの一部屋ほどあったというコンピューターも、数々の技術革新によって、半導体集積技術が進展し、今では比較にならないほど優れた性能がスマホとして手で持てるサイズにまでダウンサイジングされている。

しかし、電子機器全体を見渡したとき、小型が難しいため、製品の全体積に占める割合が年々増加しているパーツがある。電力を扱うことから集積技術の適用が難しい「電源」である。電子機器をさらに小型軽量化するためには、電源の小型軽量化が必須だ。電源中で大きな体積を占めるトランス(変圧器)やインダクタといった電気部品の高度化・高性能化が求められているのである。

トランスやインダクタの基礎となるのが、電気回路における「インダクタンス」という性質だ。インダクタンスを得るためのねじれた導線(コイル)からなる素子を「インダクタ」といい、電流の急激な変化をバネのように安定化することから、電源回路や高周波フィルタ、変圧器などのパワーエレクトロニクス素子(電力制御用半導体素子)に幅広く利用されている。

パワーエレクトロニクス分野においては、インダクタの高性能化・最適化は重要ターゲットとされているが、従来のインダクタには大きな課題があった。古典電磁気学によると、誘導起電力の大きさは、コイルの巻き数の2乗とコイルの断面積に比例するため、強いインダクタンスを得るためには素子のサイズが自ずと大きくなってしまうのだ。つまり、インダクタンスの強さと小型化には原理的なトレードオフがあるのだ。

そうした中、2019年に、電子スピンを利用するスピントロニクス技術に基づき、従来インダクタの量子技術版ともいうべき「創発インダクタ」が、理化学研究所により理論提案された。この新しい実施形態では、インダクタンスの強さが素子の断面積に反比例し、小さい素子ほど強いインダクタンスを実現できるという、驚異的な特性を示す。

  • 負のインダクタンス

    左が従来技術のインダクタ、右が量子技術による創発インダクタ (出所:JAEA Webサイト)

2020年には、特殊な磁気のねじれ構造を持つ「らせん磁性体」を使った実験で、予言された特徴的な素子断面積への依存性が検証され、古典電磁気学の限界が打破できるという期待から注目を集めていた。

ただし、これまでに提出されていた基礎理論と観測結果の間にはいくつかの点で隔たりが認められており、中でも観測された「負の値を示すインダクタンス」の原因は未解明の謎として残されているという状況だった。そこで共同研究チームは今回、基礎理論を発展させることで、創発インダクタの「謎」の解明に挑むことにしたという。

まず着目されたのが、創発インダクタの動作メカニズムが、ふたつの基礎過程に分解できるという点だ。このふたつとは、スピントロニクス分野において発見されてきた重要な現象である「スピントルク」と「スピン起電力」である。

スピントルクは、電子のスピンを介して電流が磁気の向き(磁化)を動かす仕組みであり、高効率な磁気情報の書き込み技術の基本原理としてすでに実用化に結びついている。

もうひとつのスピン起電力は、反対に磁化の運動が電子スピンを介して電圧を生み出す仕組みのことだ。具体的には、電流がらせん磁性体の磁気を揺らし、その磁気の揺らぎが反電流を生み出す作用が連続的に繰り返されることで、全体としてインダクタとして働いているものと考えられるという。

これまで共同研究チームでは、スピンを介した磁気から電気へのエネルギー変換の基本原理として、スピン起電力について詳細な研究を進めてきた。そこで、これまでの知見を応用すれば、創発インダクタの基礎過程を拡張できるという考えに至ったのだという。

この着想を検証するため、スピントロニクスで標準的に用いられているスピン制御手段の「ラシュバ型のスピン軌道結合」が理論に組み込まれ、らせん磁性体の運動による創発インダクタに与える影響が解析された。その結果、既知の成果を含むより一般的な創発インダクタンスの公式を導くことに成功したという。

新しい公式がもたらす知見として、第一にラシュバスピン軌道結合がらせん磁性体の運動によるインダクタンスを飛躍的に増幅すること、第二に磁気の感じる摩擦の効果を通じてインダクタンスの符号を正負どちらにも設計できること、が判明。これらにより、未解明だった観測結果の理解を大きく進展させ、創発インダクタを最適化するための設計指針を与えることに成功したとした。

  • 負のインダクタンス

    創発インダクタンスのパラメータ依存性 (出所:JAEA Webサイト)

なお創発インダクタの実現には、一般的なスピントロニクスの素子作製技術が活用できるため、小型の電力制御素子が実現できる可能性が広がるという。

また、負のインダクタンスを持つ素子は、回路に生じた不要なインダクタンス由来の電磁ノイズを打ち消す効果があるため、高周波回路などへの応用が長らく提唱されてきた。しかし、これまでの技術で実現するには複数の能動素子を必要とするなど、困難が指摘されていた。一方、今回の研究によって明らかになった新原理では、単一の受動素子での実現が設計可能であることが判明しており、今回の発見が果たす意義は大きいとしている。

  • 負のインダクタンス

    左と中央が負のインダクタンスの使用例。右が従来技術による負のインダクタンスの実施例 (出所:JAEA Webサイト)

今後さらに研究を進めることにより、情報集約型の未来社会(Society5.0)の実現を、高効率な電力利用の側面から支える基盤量子技術として、幅広い貢献が期待されるとした。