プラスとマイナスの電荷を持つイオンが結合(イオン結合)したペアの無秩序な集まりから結晶ができる瞬間の動画撮影に初めて成功した、と東京大学などの研究グループが発表した。独自の顕微鏡技術とカーボンナノチューブを使い、身近な塩化ナトリウム(食塩)で実現した。これまで理論やモデルで考えるしかなかったミクロの過程を目の当たりにした結果、イオンのペアの集合が結晶になるまで結合状態の変化を繰り返す予想外の挙動をしていることが分かり、研究者を驚かせている。
研究グループは独自に開発し、物質の原子サイズの変化を細かく捉える観察技術「原子分解能単分子実時間電子顕微鏡(SMART-EM)法」を活用。やはり独自開発の円錐状のカーボンナノチューブに、塩化ナトリウム水溶液を含ませ真空中で乾燥させた。微細な振動を繰り返すカーボンナノチューブから水が蒸発し、中で塩化ナトリウムが結晶化していく様子を毎秒25フレームで撮影した。
すると、塩化ナトリウムを構成する塩化物イオンとナトリウムイオンのペアがカーボンナノチューブ内の先端付近で自然に集まりだし、数秒かけて1辺1ナノメートル(ナノは10億分の1)ほどの結晶の基本構造、結晶核に成長する過程を捉えた。結晶核は画像ではイオン4個×6個の結合に見えるが、奥行き方向にも連なっており、計96個のイオンからなる直方体とみられるという。塩素とナトリウムが48個ずつで結晶核を形成した状態だ。
イオンのペアは無秩序な集合から、あたかも結晶核という秩序を目指して試行錯誤するように振る舞った。不安定な結合や、結合が不明瞭な状態を繰り返して成長。結晶核となり安定すると、イオンのペアを加えてさらに成長した。やがて蒸発するようにイオンが離れて結晶核が姿を消し、数秒後に再び無秩序からの結晶形成を始めた。この繰り返しを9回撮影できたという。
結晶核は9回とも見かけ上、必ずイオン4個×6個の結合として観察された。別のカーボンナノチューブを使うとこの個数は変わる可能性があるという。また、その後の成長では、結合していくイオンのペアの数が毎回異なった。
結晶核の形成にかかる時間は2~10秒と幅があった。研究グループの東京大学大学院理学系研究科化学専攻の中村栄一特別教授は「ブロックのようなおもちゃがガサッと投げ込まれている箱を揺すり続けると、ある瞬間にピタッと綺麗に収まることがあるだろう。そうなるのにかかる時間は毎回異なる。それと同様のことではないか」と例えて説明する。
学生による別の目的の実験で偶然、撮影に成功した。先端から空間が広がっていくカーボンナノチューブ内部の円錐形が、イオンのペアの集合や結晶核形成を促したとみられる。成果は分子やイオンなどが相互作用して起こるさまざまな現象を、ミクロの視点で研究する可能性を示した。歯や骨、腎臓結石などができる仕組みの解明や、材料開発への応用も期待されるという。
中村特別教授は「(イオンのペアが)一方的に集まるのではなく、秩序と無秩序を行き来するようにして結晶核ができることに、実に驚いた。食塩の結晶なら小学生にも関心を持ってもらえる。単純で素晴らしい科学の成果で、教材として広く役立ててほしい」と述べている。
研究グループは東京大学と産業技術総合研究所で構成。成果は米国化学会誌に1月21日付で掲載された。研究は日本学術振興会科学研究費助成金、日本顕微鏡学会長舩記念特別研究奨励金、科学技術振興機構(JST)研究成果展開事業の支援で行われた。
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