福井県立恐竜博物館(FPDM)は2月7日、福井県大野市の手取層群伊月層(前期白亜紀:約1億2700万年前)から、国内では最古級となる哺乳類の化石として、恐竜時代に生息していた初期の哺乳類の1グループである「真三錐歯類」の、3本の歯を伴う下顎骨の一部を発見したと発表した。同時に、同じ現場の地層からは、「トリティロドン類」という哺乳類型爬虫類の歯の化石も発見されたことも合わせて発表された。
同成果は、FPDMの宮田和周主任研究員、大野市教育委員会文化財課の酒井佑輔主任学芸員(古生物学)、FPDMの中山健太朗主事(古生物研究職員)、同・中田健太郎研究員、同・薗田哲平研究員、日本原子力研究開発機構東濃地科学センターの長田充弘(博士研究員)らの共同研究チームによるもの。詳細は、2月5日から7日にかけてオンライン開催された日本古生物学会170回例会において発表された。
今回の哺乳類の化石は、共同研究チームのひとりである酒井主任学芸員によって、福井県東部の大野市荒島岳東方に分布する手取層群伊月層から発見された。
3本の歯(頬歯)が植立した左下顎骨の一部で、長さ13.1mm×高さ5.8mmというサイズである。
化石の正確な年代は不明だが、過去の伊月層の年代測定の研究から、約1億2700万年前付近のものと考えられるという。その後、FPDMが中心となって現地の追加調査が実施され、同じ現場の伊月層からさらなる脊椎動物化石が発見された。その中に含まれていたのが、哺乳類型爬虫類のトリティロドン類の右下顎歯(頬歯)で、長さ7.4mm×幅4.7mmというサイズである。
トリティロドン類の歯については化石周囲の岩石を除去する剖出作業(化石クリーニング)が実施できたものの、哺乳類化石は繊細であることに加え、化石の状態が良好でない状態で発見されたため、化石クリーニング作業は行えなかったという。そこでFPDMが採用したのが、マイクロフォーカスCTスキャナーで得られたデジタル画像を基に調査を進めるという手法だった。
酒井主任学芸員が発見した哺乳類の化石は、部分的な下顎骨に小臼歯型の歯1本と、大臼歯型の歯2本が植立しており、大臼歯型の歯には3つの大きな突起が前後に並ぶという特徴があるという。その形状から大臼歯型の歯は「三錐歯(さんすいし)」と呼ばれ、これは恐竜時代の原始的な哺乳類に見られる特徴のひとつとされる。
この化石では中央の歯の突起が最も高く、その前後ふたつの突起は同程度に低く、さらに歯の前縁と後縁にも小さな突起が存在する。下顎骨の内側には「メッケル溝」と呼ばれる、爬虫類から哺乳類への進化段階に見られる原始的特徴の痕跡も確認された。これらの特徴からこの化石は真三錐歯類(かつては「三錐歯類」と呼ばれていた)というグループのものと判断されるに至った。
真三錐歯類は、恐竜時代に生息していた哺乳類の1グループだ。その恐竜時代は地質時代でいえば中生代(約2億5000万年前~約6500万年前)にあたる。中生代は大別して三畳紀(約2億5000万年前~約2億年前)、ジュラ紀(約2億年前~約1億4500万年前)、白亜紀(約1億4500万年前~約6500万年前)に大きく区分されるが、真三錐歯類の化石は、古くは約1億8000万年前(ジュラ紀)のものが発見されており、約8000万年前(白亜紀)に絶滅したとされる。ちなみに哺乳類そのものは、三畳紀後期には出現していたという。
世界中で多数の化石が発見されており、60以上の種が報告されている。大半はネズミほどの体格で昆虫などを主食としていたが、中には体長70cmを超えていたり、恐竜の子どもを食べるものもいたという。
国内の真三錐歯類に関しては、これまで3種の化石が発見されている。石川県白山市の「桑島化石壁」と呼ばれる崖に露出する手取層群桑島層から、アンフィレステス科の2種(ハクサノドン・アルカエウスと属種未定種)と、福井県勝山市北谷の恐竜化石発掘現場からトリコノドン科と推測されている1種(属種未定種)だ。
今回の化石は部分的であるため、種の特定にはさらなる追加資料が必要だというが、歯の形状とその植立の位置から、既報の3種の真三錐歯類とは異なり、日本からはまだ報告のない種であることがわかったという。日本の恐竜時代の哺乳類の多様性を示す新たな資料といえるとしている。
そしてあとから発見された化石のトリティロドン類は主に植物食の動物で、爬虫類から哺乳類への進化の中間段階にあると見られている哺乳類型爬虫類だ。哺乳類型爬虫類の中では最後に現れた進歩的なグループで、絶滅したのも最後だった。三畳紀後期から化石が発見されるようになり、かつては哺乳類の繁栄により白亜紀よりも前に競争に負けて淘汰されたと考えられていたが、石川県白山市のモンチリクタスの化石などが発見されたことで、前期白亜紀にも生き残っていたと考えられている(モンチリクタスは別種とする説もある)。
今回発見された化石は4つの大きな突起がある下顎の歯で、突起は前にふたつ、後ろにふたつ並び、噛み合う面から見たそれぞれの突起は三日月型となる特徴があるとした。この化石は右の下顎の歯(頬歯)だが、化石に歯根はなく、エナメル質が覆う歯冠のみが保存されていることから、成長とともに抜け落ちた歯(脱落歯)と考えられるという。
2015年9月には、同じトリティロドン類の切歯が、大野市下山に分布する伊月層から発見されており、トリティロドン類の化石の発見は福井県では今回で2例目となる。
国内初の発見であり、新種の学名もついたトリティロドン類の化石は、石川県白山市の手取層群桑島層から発見された「モンチリクタス・クワジマエンシス」と呼ばれるもので(異なる種名の提唱もある)、多数の歯の化石から知られている。モンチリクタスは小型と大型の2タイプが見つかっているが、今回の化石は形状とサイズ共に、モンチリクタスの大型タイプに似ているという。ほかにも、岐阜県高山市荘川の手取層群大黒谷層からもトリティロドン類の歯の化石の報告がある。
この3県で発見された化石はみな前期白亜紀のものであり、ジュラ紀以降に絶滅しつつあった哺乳類型爬虫類の生き残りが、北陸地方に広くいたことを示す重要な証拠となるとしている。
これまで日本で発見された哺乳類の化石のうちで最古とされるのは、真三錐歯類のうちの2種類(ハクサノドン・アルカエウスと属種未定種)と、2種の多丘歯類(テドリバータルとハクサノバータル)で、これらはすべて石川県白山市の「桑島化石壁」の手取層群桑島層から発見された。ただし、これら桑島層の化石はその正確な年代がまだ不明だ。過去の年代測定の研究では、約1億3000万年前(白亜紀前期バレミアン)よりは新しく、約1億2100万年以前(白亜紀前期アプチアン)よりは古いとする範囲で議論されている状況だ。
一方、北陸に広がる手取層群の地層の積み重なりの順序である「層序」と、類似する貝や植物の化石から、大野市の伊月層は桑島層とほぼ同時期の地層だと考えられているという。伊月層の一部からは、1億2720万±250万年前(=約1億2700万年前:白亜紀前期バレミアン)という年代値が過去の研究で得られており、今回の化石はこの年代付近か、これよりもわずかに古い可能性があるとしている。
このように桑島層の哺乳類化石と今回の伊月層の哺乳類化石はどちらが古いのかは現時点では不明だ。ただし、これらは福井県勝山市北谷で発掘された恐竜化石よりは古いものであることは確かだという。
今回発表の化石は、桑島層に見られる哺乳類や哺乳類型爬虫類を含む脊椎動物化石の群集が、大野市の伊月層にも産することを示すものだとする。桑島層に類似した古い化石群集の資料が今後の伊月層の調査でさらに得られると見られており、福井県では勝山市に加えて大野市も、日本の恐竜時代の脊椎動物の多様性を知るうえで非常に重要な場所となるとしている。