京都大学(京大)は2月4日、大気中から採取したPM(微小な粒子)を吸い込んだマウスの肺で、その後に起こる変化を検討した結果、特に「2型肺胞上皮細胞」という肺の伸展維持に重要な細胞に対し、PM2.5が新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が侵入するために利用する入口であるタンパク質受容体「ACE2」を広げており、侵入しやすくしていることを明らかにしたと発表した。
同成果は、京大大学院 地球環境学堂の高野裕久教授、京大 工学研究科の佐川友哉特別研究学生らの研究チームによるもの。詳細は、国際学術誌「Environmental Research」にオンライン掲載された。
現在、大気汚染、特に大気中の微小な粒子であるPM(Particulate Matter)による汚染状況が悪い地域において、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の発症数や重症者数、死亡者数が多いという疫学的調査結果が世界中から報告されている。
ただし、大気汚染と新型コロナウイルス感染症の発症や悪化との関連について、これまで実験的な検証はなく、大気中のPMがどのようなメカニズムで発症や重症化などに結びつくのか、未解明のままだった。
そこで研究チームは今回、細胞表面に存在する受容体タンパク質「ACE2」と、新型コロナウイルスが侵入する過程で重要な役割を演じるタンパク質分解酵素「TMPRSS2」に着目。PMとの関連の分析を実施した。
ACE2は新型コロナウイルスが持つカギ(スパイクタンパク質)に対する細胞側のカギ穴といわれるほか、TMPRSS2は、新型コロナウイルスの表面のスパイクタンパク質を分解することで細胞内への侵入を促す。カギを回して扉を開ける役割と例えられている。
今回の研究では、日本国内で採取されたPMが用いられた。PMの採取にあたっては、慶應義塾大学理工学部の奥田知明教授らが開発したサイクロン法を用いることで、実際の環境中のPMをそのままの形で利用。従来はフィルター上でPMが集められていたため、一般的にはPMとフィルター上から抽出した成分を実験に使用していたが、奥田教授のサイクロン法を用いることでPMそのものを医学的な実験に使用することが可能となったという。
また、タンパク質分子の解析と画像解析にあたっては、京都府立大学 大学院耳鼻咽喉科・頭頸部外科学の辻川敬裕学内講師らが開発した、免疫組織化学染色法の一種である「多重免疫染色」と、同染色法で得られた情報を基に細胞の位置情報を残したまま特定のタンパク質を持つ細胞の割合を求められる新測定法「イメージサイトメトリー」が用いられた。これらにより、ふたつのタンパク質の位置(局在)をひとつの切片上で、かつ定量的に評価することが可能になったという。
こうした最新技術を組み合わせた分析により、PMを大量に吸い込んだマウスの肺で、ACE2とTMPRSS2が同一の細胞、特に2型肺胞上皮細胞において増加しているという事実が示されたとする。
このことから、以下の2点が新たに判明した。
- PMが大量に肺に入ることにより、新型コロナウイルスの侵入口、侵入経路が拡大する
- 特に、肺の虚脱を防いでいる「サーファクタント」という種々の界面活性剤を分泌している2型肺胞上皮細胞への影響が顕著である
これらにより、新型コロナウイルスが2型肺胞上皮細胞へ侵入することをPMが促進することにより、新型コロナウイルス感染症の発症や重症化を来す可能性があることが明らかとなったのである。
世界的に、大気汚染状況の悪い地域における新型コロナウイルス感染症の感染者数や重症者数、死亡者数が多いという報告を今回の成果は裏付けるデータとなったという。
また今回の成果により、医学的な対策だけでなく、PMを含めた大気汚染や室内空気汚染に対する環境的な対策が役立つ可能性があることが示されたことから、新型コロナウイルス感染症の発症、重症化の予防対策として、新型コロナウイルスの侵入口、侵入経路の抑制対策に注目することも重要であると考えられるとしている。
ただし注意すべきは、一般的にマウスは新型コロナウイルス感染症を発症しないため、PMが直接的に新型コロナウイルス感染症の発症、重症化をもたらすかどうかは、今回の成果からはわからないという点だ。ヒトをはじめとする新型コロナウイルス感染症を発症する動物の場合であれば、同じ状況になれば新型コロナウイルスの細胞への侵入が促進され、結果として新型コロナウイルス感染症が発症したり、重症化したりする可能性が高い、ということである。
そこで研究チームは今後、ヒトの細胞やほかの動物種における検討を行うとともに、さまざまな環境中の粒子を用いた研究を進め、どのような粒子やその成分が新型コロナウイルス感染症の発症・重症化をもたらすのか、またそれを予防・軽減しうる薬剤にはどのようなものがあるのかについても、研究を進めていくとしている。