名古屋大学(名大)は2月3日、再生能力を有するアフリカツメガエルの幼生(オタマジャクシ)の遺伝子から神経再生に有効な遺伝子を発見したこと、そして脊髄損傷したマウスの脊髄内の幹細胞に遺伝子を入れることで神経再生に成功したと発表した。
同成果は、名大大学院 医学系研究科 脳神経外科学の夏目敦至准教授、福岡俊樹局員研究者(筆頭著者)、加藤彰研究員(共筆頭著者)らの研究チームによるもの。詳細は、国際生物学総合誌「iScience」に掲載された。
脊髄損傷はこれまで長きにわたって数多くの研究がなされてきたが、21世紀に入って20年強の現在でも完全に神経を再生させることは難しい。手足の麻痺など、重い後遺症を残す難治性の神経外傷だ。その治療の難しさは、以下の2点が主な理由となっている。
- 哺乳類の脊髄における神経再生能力が非常に限られていること
- 損傷を受けた中枢神経系においては、神経細胞を支持する細胞である「アストロサイト」が生成されて損傷部位に集積し、「グリア瘢痕(はんこん)」と呼ばれる高密度の瘢痕組織(傷跡)が形成され、それが神経再生を妨げてしまう
これらを克服することができれば、脊髄損傷を治療することが可能になるが、それを実現できる治療法として現在期待されているのが再生医療だ。ヒトの成人の脊髄にも存在する神経幹細胞を神経細胞へと積極的に分化誘導させ、神経を再生させるというものである。
ただし神経幹細胞は存在する者の、上述したように哺乳類の脊髄における神経再生能力は限られている。そこで研究チームが今回の研究で着目したのが、再生能力の高いある生物だった。アフリカ原産のアフリカツメガエルである。中でもそのオタマジャクシが高い再生能力を有することから、遺伝子の網羅的発現解析が実施され、有望な神経転写因子の「Neurod4」が発見された。
次に必要となるのが、Neurod4を脊髄神経の損傷部位まで届ける手段である。そこで研究チームが開発したのが、神経幹細胞に感染しやすいリンパ球性脈絡髄膜炎ウイルスのエンベローブ(ウイルスの殻)にレトロウイルスの中味を入れた、遺伝子導入用のハイブリッド型のベクター(運び屋)ウイルスである。
哺乳類の脊髄では神経細胞再生が限られていることが課題のひとつであることは上述したとおりだが、実は内在性の神経幹細胞も存在している。そのカギを握るのが、脊髄内の中心管と呼ばれる構造を囲む「上衣細胞」だ。近年の研究により、上衣細胞は脊髄損傷後の急性期から亜急性までの間に、成熟細胞から幼弱細胞へと逆戻りする「脱分化」をして神経幹細胞に逆戻りすることが報告されているのだ。
研究チームは上衣細胞のその性質に着目。脊髄損傷後に上衣細胞から脱分化する幹細胞に神経転写因子を導入することで、意図的にニューロンへと分化することを誘導できれば、神経再生につながる可能性があると考えたという。
そして脊髄損傷モデルマウスに対し、独自開発されたハイブリッド型ウイルス・ベクターをを用いたところ、上衣細胞由来の脊髄幹細胞にウイルスが感染することが確認された。
そしてNeurod4が導入されたマウス群と、導入されていない対照群のマウスたちとが比較されたところ、Neurod4導入群のマウスたちの細胞の中で、ニューロンに分化する細胞が明らかに増加していることが確認されたという。
またグリア瘢痕が神経再生を妨げてしまう課題に対しては、同瘢痕を形成するアストロサイトの半数以上が上衣細胞由来と考えられていることから、Neurod4を導入することで自動的にアストロサイトの数を減らせる可能性が推測された。
そして実際にNeurod4が導入された後に、上衣細胞のアストロサイトへの分化に対する影響の調査が行われ、上衣細胞から脱分化した幹細胞がアストロサイトではなくニューロンへと分化する割合が多くなっていることが確認された。対照群と比較して、Neurod4導入群のマウスでは、アストロサイトの数が明らかに減少していることが確認できたという。
さらに、Neurod4の導入により分化したニューロンについて、その種類の分析も行われた。すると、興奮性、抑制性、運動のいずれのニューロンへの分化も確認されたとした。
そのうえ、それらの神経細胞が下肢機能に関与する運動ニューロンとのシナプスを形成していることも判明。運動機能の評価が実施されたところ、Neurod4導入群のマウスたちは対照群と比較して有意な改善が示されたとした。
これらの結果から、Neurod4の導入は神経幹細胞のニューロンへの分化を促進すると同時にアストロサイトへの分化を抑制し、その相乗効果により軸索が伸長しやすくなり、運動ニューロンとシナプスを形成、運動機能の改善に至ったと考えられるとした。
神経再生治療については、iPS細胞などの多分化能を持つ幹細胞の移植という手法が、世界中で数多く研究が試みられており、その有効性が報告されている一方で、拒絶反応や腫瘍化の可能性などの大きな課題もある。それに対して今回開発された手法は、患者自身の脊髄に内在する神経幹細胞を活用するため、拒絶反応や腫瘍化のリスクを軽減できるという大きなメリットがある。
また、Neurod4以外にも有望な神経分化促進因子は数多く存在しており、それらの効果についても期待されるという。今回の手法は、今後さらなる発展の予知があり、さらに研究を続けることで神経再生治療における有力な手法となる可能性があるとしている。