名古屋大学(名大)は2月1日、東南アジアを中心としたアジアにおけるニワトリの家禽化、伝搬の歴史の一端を明らかにしたと発表した。また同時に、日本在来鶏38品種と海外のニワトリの遺伝的な類縁関係も明らかにしたことも発表された。
同成果は、名大大学院 生命農学研究科 鳥類バイオサイエンス研究室の秦彩乃大学生、同・布目三夫研究員、同・松田洋一名誉教授、同・鈴木孝幸准教授、タイ・カセサート大学農学部のThanathip Suwanasopee氏、同・Prateep Duengkae氏、同・Skorn Koonawootrittriron氏、同・Kornsorn Srikulnath氏らの国際共同研究チームによるもの。また名大の研究チームは、広島大学 統合生命科学研究科の都築政起教授との日本在来鶏に関する共同研究も実施した。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。日本在来鶏についての研究成果については、学術誌「Animals」にオンライン掲載された。
人類はさまざまな野生動物を家畜化してきたが、ニワトリもその一種である。元々は、中国南部から東南アジアに生息する赤色野鶏(G.gallus)という鳥を基にして作出された家禽だ。8000年前にはすでに家畜化されていたとされ、当初は「太陽(朝)を呼ぶ鳥」として神聖な動物として扱われていたという。
その後、人々の生活に余裕ができるにつれ、娯楽用、服飾用、愛玩用などのさまざまな品種が作出されてきた長い歴史を有する。そして同時に世界中に伝搬し、各地でその地域固有の環境に適応した品種が作り出され、現在、世界で最も普及している家禽となったのである。
そして意外ではあるが、食用の品種は20世紀に入ってから作られたという。ちなみに、世界で消費される肉養鶏(ブロイラー)は年間650億羽ともいわれる。牛や豚よりも低コストかつ省スペースで飼育可能で、宗教的な制約も少なく、人口増加による食糧不足が懸念される将来の人類にとって、主要なタンパク源としての可能性も期待されているのがニワトリなのである。
つまり、各地域の在来鶏の遺伝的特性を把握し、その土地ごとのさまざまな気候環境に適した品種を育てることができれば、今後の温暖化や食糧不足への対策となることも期待されるという。
今回、調査研究が行われたのは、ニワトリ発祥の中心地のひとつであるタイだ。ただし、同国の赤色野鶏および在来鶏(飼育されているニワトリ)の遺伝的な解析はあまり行われてこなかったという。そこで国際共同研究チームはまず、赤色野鶏および在来鶏の遺伝的集団構造を把握するため、DNAの遺伝的多様性の調査を実施した。
DNAには、その生物本来が持つ細胞の核内にあるDNAと、細胞内小器官のひとつであるミトコンドリアが持つ独自のDNAの2種類がある。ミトコンドリアDNAは37個の遺伝子からなり、変異が生じる頻度が高いという特徴を持つ。また母系遺伝することから、同一種の個体間における遺伝的な類縁関係を追う際に有用な指標として使われている。
今回は、そのミトコンドリアDNAの「D-loop配列」と「マイクロサテライトDNAマーカー」が用いられた。タイ国内の複数の地域から野生動物として保護されている赤色野鶏300個体から採取された。ニワトリに関する遺伝的解析で、これだけ規模の大きなものは初めてだという。
これまでさまざまな動物のDNAが解析され、それらは国際塩基配列データベースに登録されている。ニワトリに関しては、これまでのさまざまな研究で調べられた約1万個体弱のデータが登録されており、それらと今回採取されたD-loop配列の照合がまず実施された。
すると、今回の赤色野鶏と在来鶏の一部から、従来にない新規の遺伝子型が発見されたという。この結果は、赤色野鶏の中にはニワトリの家禽化に関わらなかった集団が存在すること、またタイの在来鶏はこれまで研究されてきたニワトリとは異なる遺伝的特性を有することを示しているという。このことは、東南アジアの赤色野鶏や在来鶏には、商業用ニワトリの品種改良に役立つ未知の遺伝的資源がまだ数多く存在する可能性があるとする。
次は、哺乳類や鳥類において亜種の判定によく用いられるマイクロサテライトDNAマーカーの解析結果だ。今回の研究では、赤色野鶏はビルマ亜種(G.gallus spadiceus)とコーチシナ亜種(G.g.gallus)の2種が調べられたが、亜種の識別が可能となるような遺伝的な違いが検出されず、タイでは亜種間で交雑が起きていることが考えられるとした。なお亜種とは、生物区分の種の下位に位置する区分のことだ。亜種とは種としては同一であるため、交配が可能であることも少なくない。
続いては、日本在来鶏38品種と海外のニワトリとの遺伝的な類縁関係についてだ。日本のニワトリが主に中国からもたらされたことが示唆されたが、一部は東南アジアの在来鶏と近縁であることも確認された。
ヒトを含めて同一の生物種の中でも、DNA配列の似たグループがあり、それらをハプログループという。先行研究により、沖縄のシャモと本州のシャモが異なるハプログループを持っていることから、起源が異なる可能性が示唆されているという。
そして今回の研究では、タイの在来鶏から沖縄のシャモと同じハプログループ(ハプログループ H)が発見された。さらに、日本在来鶏は東アジアではあまり見られないハプログループ(ハプログループ D)を有していることも判明。いくつかのハプロタイプは、タイの赤色野鶏からも発見されており、日本とタイに古くからの交流があったことが示されたとしている。