東北大学、東京大学 宇宙線研究所、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)は1月25日、宇宙で最も小さく暗い銀河の星の運動から、ダークマターの有力候補である「自己相互作用するダークマター」に対するその散乱する強さの調査を行った結果、その散乱は非常に弱く、密になりやすいことがわかったと共同で発表した。
同成果は、東北大大学院 理学研究科 天文学専攻の林航平特任助教、東大 宇宙線研究所の伊部昌宏准教授、同・小林伸氏、同・中山悠平氏、Kavli IPMUの白井智特任助教らの共同研究チームによるもの。詳細は、米物理学会発行の学会誌「Physical Review D」に掲載された。
我々の宇宙に銀河が形成されたのはダークマターがまず集まり、その重力によって水素ガスなどが集まって形成されたとされ、我々がここにこうして存在できるのもダークマターのお陰と考えられている。また、天の川銀河の恒星が移動する速度(銀河中心を回る速度)が内側と外側であまり変わらない理由も、目に見える以上に質量がある(強い重力が働く)からであり、それがダークマターとされている。
そもそも宇宙を構成する全エネルギーのうち、我々の体や地球や太陽などの天体を構成する通常の物質は4%程度で、20%強をダークマターが占めているとされる(残りの約75%はダークエネルギー)。ダークマターは通常の物質の5倍以上存在していると見積もられており、宇宙を影から支配しているといってもいいだろう。
このように、我々の宇宙はダークマターの影響を大きく受けているが、重力以外では通常物質と相互作用せず、あらゆる光・電磁波での観測ができない。素粒子物理学から天文学まで、理系学問の研究者たちが垣根を越えて大同団結し、地上や宇宙でさまざまな実験や観測を行っているが、依然としてその正体は謎のままである。
ただし、理論は着実に進展している。近年、ダークマターの正体に迫る有力な理論のひとつとして注目されているうちのひとつが、「自己相互作用するダークマター」理論だ。
ダークマターは一般的に銀河の中心に多く分布しているが、同理論によれば、ダークマター同士が散乱し合うことで、銀河中心部ではダークマターがあまり「密」にならないという性質があるという。この密にならない分布が、「矮小銀河」から期待されるダークマター分布をうまく説明できるとされている。
なお、矮小銀河とは、星の数が非常に少ない銀河のことだ。天の川銀河が数千億個(研究者によって差があり、千数百億から約4000億といわれる)なのに対し、矮小銀河は数十億からなる。矮小銀河は大量のダークマターを含んでおり、同銀河内の星の運動はダークマターが作り出す重力に支配されていると考えられている。
しかしこうした矮小銀河では、大質量星が生涯の最期に起こす超新星爆発のエネルギーによって、密にならないダークマター分布を作るというシミュレーション結果も存在する。要は、密にならないダークマター分布の原因が、ダークマター自身の性質によるものなのか、それとも超新星爆発のエネルギーによるものなのかを区別するのが非常に難しい状態なのである。
そこで注目されるようになったのが、矮小銀河の中でも特に星の数が少なく、最も小さくて暗い銀河である「超低輝度矮小銀河」だ。星の数は数十万個以下とされ、恒星の集団である球状星団と同等か下手したらそれよりも少ないぐらいである。超低輝度矮小銀河は、このように銀河としては星の数が非常に少ないため、大質量星の超新星爆発も起きておらず、ダークマターの分布はその影響を受けていないと考えられている。そのため、本来のダークマターの分布を調べるのに最適と考えられるようになったのだ。
共同研究チームは今回、超低輝度矮小銀河のひとつである「Segue1」内の星の運動情報を用いた、自己相互作用するダークマターに対する、ダークマター同士の散乱の強さの調査を実施した。その結果、散乱の強さは非常に低く、ダークマターは散乱しにくいことが示された。つまり、ダークマターは銀河中心で「密にならない」とされてきたが、実際にはその逆で「密になりやすい」性質を持つことが判明したのである。
また、ダークマター同士の散乱の強さに対して、ダークマター間の平均相対速度をプロットすると、Segue1は散乱の強さがとても小さく、密なダークマター分布を好むことが示唆されたという。さらに、この散乱の強さは、現在の自己相互作用するダークマター理論では説明できないほど小さく、有力と考えられてきた同理論の問題点を指摘する形となったのである。
今後、共同研究チームが期待しているのが、すばる望遠鏡に搭載予定の超広視野多天体分光器「PFS(Prime Focus Spectrograph)」だ。PFSは、直径1.3度角の広角視野内にある最大2400もの天体について、可視光から近赤外線まで幅広い範囲の波長で同時に分光観測を可能とする装置。この性能があれば、ダークマターがどのように分布しているのか、その詳細を調べることが可能になるという。PFSは2022年の科学運用を目指して開発や調製が行われており、共同研究チームはその本格稼働によりダークマターへの理解が一段と進むことを期待しているとした。