京都大学は、中部アフリカのギニア湾に面するガボン共和国のムカラバードゥドゥ国立公園に生息する野生のニシローランドゴリラたちの行動観察を実施したところ、主食のアフリカショウガ採食時の手さばきにおいて利き手が見られることを発見したと発表した。
同成果は、京大大学院 理学研究科の田村大也博士課程学生、ガボン熱帯生態研究所のEtienne François Akomo-Okoue研究員らの国際共同研究チームによるもの。また調査は、ガボン国立公園局、ガボン国立科学技術研究センター、ガボン熱帯生態研究所の許可を得て実施された。そして詳細は、米国の国際学術誌「American Journal of Physical Anthropology」にオンライン掲載された。
私たちヒトにとって「利き手」は広く一般的に見られる現象だ。右利きがおよそ90%を占める「集団レベルの右利き」は、通文化的なヒトの特徴のひとつである。
かつて、利き手の進化は言語の獲得との関連性が主張され、言語がヒトに固有のものであるように、ヒト以外の動物では利き手は存在しないと考えられてきた。しかしヒト以外の動物、特に霊長類において、ある課題に対し同じ側の手を繰り返し好んで使うという結果が報告され始めて以降、ヒト以外の動物にも利き手が存在する可能性が示唆されている。
これらの研究結果から、利き手の進化は言語の獲得より前に遡り、道具使用や両手の協調的な運動操作(両手使用)と関連しているという仮説も提唱され、利き手の進化的起源を巡る議論は現在も続いている状況だ。
ヒトに近縁でかつヒトと類似した手の形態を有する霊長類は、ヒトの利き手の進化的起源を明らかにするうえで重要な比較対象となる。ヒト以外の霊長類における利き手の調査にはふたつのステップがあるという。ひとつ目のステップでは、まず個体内で使用する手の好みがあるか否かという「個体レベルの利き手」の調査だ。ふたつ目のステップでは、集団内の大多数の個体が同じ側の利き手を示すか否かという「集団レベルの利き手」を調べることになる。
先行研究では、複数の霊長類種で個体レベルの利き手の存在が報告されているが、それに反する結果も多くあり、矛盾する状況になっているという。さらに、集団レベルの利き手に関してはその報告は極めて少なく、特に野生霊長類を対象とした調査では数えるほどしか存在しないとする。このように、ヒト以外の霊長類にヒトと同様の利き手が存在するか否かについては、今でも研究者間で一致した結論が得られていないため、さらなる情報の蓄積が求められているとしている。
今回の観察対象とされたのは、ガボン共和国のムカラバードゥドゥ国立公園に生息する野生のニシローランドゴリラだ。ガボン共和国は中部アフリカの大西洋(ギニア湾)に面しており、赤道が通過する国でもある。同国立公園に生息するゴリラたちは、アフリカショウガ(Zingiberaceae)という草本植物の髄を採食している。田村博士課程学生らはこの食物の採食行動に着目し、利き手が見られるか否かの調査を実施した。
アフリカショウガの髄の採食操作はふたつの行動要素で構成されるという。ひとつ目は、アフリカショウガの茎を片手で握り、根を地面から引き抜くという単純な「片手作業(unimanual task)」だ。
ふたつ目は、引き抜いたアフリカショウガを両手で保持し、片方の手で茎を握って支え、反対の手の微細な操作により茎から髄を取り出して食べるという「協調的な両手作業(bimanual coordinated task)」である。
このふたつの行動要素が、左右どちらの手で行われるかの観察・記録が行われ、両手作業については微細な操作を行っている側の手が記録された。調査は2017年8月から2019年12月の期間に331日間実施し、合計21頭のゴリラから4293事例のアフリカショウガ採食行動が観察された。
まず、片手作業と両手作業(微細な操作を行う手)において、使用する手に関する偏り度合いの比較が行われたところ、片手作業では個体レベルの偏りが弱かったのに対し、両手作業では21頭すべての個体で使用する手に極めて強い偏りが見られたとした。この結果は、単純な操作である片手作業では個体レベルの利き手が見られないのに対し、両手作業では微細な操作を行う手に個体レベルの強い利き手が現れることを意味するという。
さらに、両手作業では21個体のうち、15個体が右利き、6個体が左利きを示し、統計的にも有意に右利き個体の方が多いことが明らかとなった。この結果は、野生下のゴリラで明確な「集団レベルの右利き」を検出した世界初の例となる。田村博士課程学生らは今回の研究成果は、ヒトの「集団レベルの右利き」という特徴は、言語の獲得より前の、両手使用行動にその進化的起源がある可能性を示唆しているとしている。
ヒト以外の霊長類を対象とした多くの先行研究では、研究間で観察する行動が異なっているため、種間だけでなく種内においても、その結果の直接比較をすることが困難だったという。
一方、今回の研究で観察したアフリカショウガの採食行動は、ムカラバ地域のニシローランドゴリラのみならず、他地域のニシローランドゴリラ、また他種のゴリラ(マウンテンゴリラ、ヒガシローランドゴリラ)でも観察されるものだ。さらに、チンパンジーやボノボといった他のアフリカ大型類人猿もアフリカショウガを採食することが知られている。
このことから、この菜食行動は野生下のアフリカ大型類人猿を対象に広く適用することができ、結果の種内・種間比較を可能にするという。アフリカショウガの採食行動は、ヒトの利き手の進化的起源を解明するうえで重要な行動指標のひとつになることが期待されるとしている。
その一方で、田村博士課程学生らは今回の研究結果の解釈には注意が必要だという。ヒトにおいては、複数の異なる操作に対し共通して使用する手を「利き手」と認識しているが、今回の研究やほとんどの先行研究では、ひとつの操作課題に対して使用する手の左右の偏りしか調べていないからだ。
ここでは便宜的に「利き手」という単語が統一して用いられているが、利き手研究では多くの場合、ヒトには「利き手(handedness)」、ヒト以外には「偏好手・選好手(hand preference)」と言葉が使い分けられている。ヒト以外の動物にヒトと同様の「利き手」が存在するか否かをより明確にするためには、複数の操作課題を対象とした地道な調査が必要だという。
そのため、今後は様々な行動に着目して、使用する手の偏りが検出されるか否か、またどのような特徴を持つ行動で偏りが検出されるのかを調べることで、ゴリラにおける「利き手」の存在を明らかにしていくことを考えているとしている。