東北大学、エコチル調査宮城ユニットセンター、近畿大学の3者は1月19日、出産前後の血中の性ホルモン濃度を測定して「産後うつ」との関係を分析した結果、同症状を示した母親では、妊娠中期から出産直後にかけての女性ホルモンの一種「プロゲステロン」の低下率が大きいうえに、出生児の臍帯血中の性ホルモン濃度が高いことが明らかになったと共同で発表した。
同成果は、東北大大学院 医学系研究科の菊地紗耶助教、同・富田博秋教授、同・有馬隆博教授、同・八重樫伸生教授、近畿大 東洋医学研究所の武田卓教授らの研究チームによるもの。詳細は、米不安神経症協会が発行する神経生物学や疫学、実験的精神病理学などを扱った学術誌「Depression and Anxiety」に掲載された。
産後、多くの母親に3日以内に悲しさやみじめさなどの感情が出現し、大半はおおよそ2週間以内に治まり、この状態は「マタニティーブルー」と呼ばれる。しかし、中にはその期間で終わらず、顕著な抑うつ症状が数週間から数か月間にわたって続く場合がある。日常生活に支障が出ることで、うつ病の診断基準を満たす状態になる場合、それが産後うつ(病)と呼ばれる。産後うつは、出産後の女性の約10~15%に発症するという決して少ない試算がなされている。さらに、近年は自殺との関連性も注目されており、対策が求められている状況だ。
妊産婦に産後うつが発症するメカニズムとして、これまでの研究から血中の性ホルモン濃度が示唆されてきた。しかし、現時点でその詳細なメカニズムは明らかになっていない。そこで共同研究チームは今回、出産前後の母親の血中の性ホルモンと臍帯血中(さいたいけつ:胎児と母体をつなぐ胎児側の組織である「へその緒(臍帯)」の中に含まれる胎児の血液)の性ホルモンの濃度を測定し、それらの濃度と周産期(妊娠22週から出産後7日未満)の抑うつ症状との関連が調査された。
今回、東北大学で独自調査を行ったエコチル調査宮城ユニットセンターとは、環境省が企画し、コアセンターの国立環境研究所が実施主体となって、全国の15か所のユニットセンターが共同で進めている、子どもの健康と環境に関する全国調査である「エコチル調査」のユニットセンターのひとつだ。
エコチル調査は、3年間で10万人の参加者募集・登録を行い、子どもが13歳になるまで成長や発達、健康状況の追跡調査を行って、子どもの健康に環境要因が与える影響を明らかにするという、大規模なプロジェクトである。募集の終了した2014年3月末時点で全国で10万3106人が登録している。宮城ユニットセンターの登録者数は9217人だ。
今回はそのうちの204組の登録者を対象とし、妊娠初期(~15週6日)、中期(16週0日~27週6日)、そして産直後の血液(血漿)中の性ホルモンが測定された。なお性ホルモンとは、第二次性徴において性器を含む外形的性差を生じさせ、また、性腺に作用して精子や卵胞の成熟、妊娠の成立・維持に関与するホルモンのことだ。
今回は測定されたのは、女性ホルモンのプロゲステロン(黄体ホルモン)とエストラジオール(卵胞ホルモン)、男性ホルモンのテストステロンの3種類。女性でも濃度は低いが男性ホルモンが産生されており、妊娠中はこうした性ホルモンの濃度が著しく高まることがわかっている。
また同時に臍帯血中の性ホルモンも測定された。胎児はへその緒が胎盤につながっており、それらを経由して母親から酸素や栄養分を受け取り、そして老廃物を母親に渡している。ただし、血液が直接母親と胎児の間でやり取りされているわけではなく、臍帯血は、へその緒に含まれている胎児自身の血液である。同血液中の性ホルモン濃度は、母親が産生する性ホルモンではなく、妊娠中に胎児や胎盤側で産生される性ホルモンの濃度を強く反映していると考えられている。
測定の結果、産後1か月にわたってうつ症状を示した母親では、妊娠中期から出産直後にかけての性ホルモンの低下が大きく、また出産直後の血中プロゲステロンが低いことが明らかとなった。さらに、産後1か月にうつ症状を示した母親から出生した子どもの臍帯血中の性ホルモン濃度は、うつ症状のない母親から出生した子どもに比べて高いことも判明した。
これらのことから、性ホルモンをより多く産生する胎盤・胎児が分娩されると、産後の母親の血中の性ホルモンが大きく低下し、その性ホルモンの急激な低下が産後うつ症状に寄与している可能性が示唆されるという。今回の研究成果は、産後うつと性ホルモンの関連を明らかにし、産後うつの生物学的メカニズムの解明に貢献することが期待されるとした。