京都大学は1月15日、末梢神経の損傷に対する新しい治療法としてバイオ3Dプリンタを用いた神経再生技術の開発に成功したと発表した。また同時に、同技術を用いた治験を実施する計画であることも発表された。
同成果は、京大 医学部附属病院 整形外科の松田秀一教授、同附属病院 リハビリテーション科の池口良輔准教授、京大大学院 医学研究科 人間健康科学系専攻の青山朋樹教授、そして再生医療ベンチャーの株式会社サイフェーズとの共同研究チームによるもの。関連する論文は3編あり、米オンライン科学誌「PLoS ONE」、米医学雑誌「Journal of Reconstructive Microsurgery」、再生医療も扱う医学雑誌「Cell Transplantation」に掲載された。
現在の末梢神経の損傷に対する治療方法は、患者自身の健常な神経を犠牲にする「自家神経移植」が主流だ。自家神経を犠牲にすることなく治療するため、人工神経の開発も進められているが、現時点では自家神経移植術を超える成績は得られていないため、一般には普及していないという。
末梢神経損傷に対して人工神経を用いた治療研究を行っているのが、松田教授が属する京大 医学部附属病院 整形外科だ。しかし人工神経には細胞成分が乏しく、サイトカインなどの再生軸索誘導に必要な環境因子が不足しているなどの理由から、自家神経移植と比較して良好な結果を得られていなかったという。
そうした背景のもと松田教授らは、バイオ3Dプリントの第一人者である佐賀大学の中山功一教授、中山教授の開発した技術を基盤とした医療ベンチャーのサイフューズとの共同研究を実施。
バイオ3Dプリンタを用いて細胞のみで作製した三次元神経導管をラットの坐骨神経損傷モデルに移植することで、従来の人工神経よりも良好で、なおかつ自家神経移植と比較しても遜色のない結果を得ることに成功したのである。線維芽細胞から作製した三次元神経導管より放出されるサイトカインや血管新生によって、良好な再生軸索の誘導が得られたことがこの良好な結果につながったと考えられるとしている。
京大医学部附属病院整形外科は、手指の外傷性末梢神経損傷に対して、臨床用バイオ3Dプリンタを用いて製造した三次元神経導管移植の医師主導治験を今後実施する計画だ。
手術は、バイオ3Dプリンタで作製したパイプ状(中空構造)の三次元神経導管を移植し、断裂した末梢神経をつなぐというものだ。そして、断裂していた神経が三次元神経導管の内部で再生して伸張し、最終的につながることになるのである。治験の同意取得後に、患者の腹部または鼠径部から皮膚を採取し、約2か月かけて三次元神経導管を製造し、神経損傷部に移植することになるとしている。
対象となる手指の外傷性末梢神経損傷など各種条件は以下の通りとなる。
- 外傷などによる末梢神経断裂・欠損部位が手関節遠位にあるもの
- 受傷日より6か月以内に登録が可能であるもの
- 人工神経移植、および自家神経移植を希望しないもの
- 同意取得時の年齢が20歳以上60歳以下の男女
再生医療の研究も進み、ますます身近になりつつある。今回のバイオ3Dプリンタで作製した三次元神経導管を移植する再生医療技術も、もう治験の段階である。近い将来、誰でも受けられる当たり前の治療方法となることだろう。末梢神経の損傷で思うように手指を動かせない苦しさ、自家神経移植のために神経を採取した部位に痛みが残ってしまうといった、多くの人が抱えていた苦労がもう間もなく解決される時代が来るのである。