東京大学医科学研究所(東大医科研)は1月15日、新たな老化細胞の純培養法を構築し、老化細胞の生存に必須な遺伝子群をスクリーニングにより探索した結果、アミノ酸の一種であるグルタミンの代謝に関与する酵素「グルタミナーゼ1(GLS1)」を同定したと発表した。またGLS1の発現解析により、老化細胞はリソソーム膜に損傷が生じ、細胞内pHが低下することで、GLS1の阻害に対する感受性が亢進することも明らかにしたことも合わせて発表された。
同成果は、東大医科研 癌防御シグナル分野の城村由和助教、同・中西真教授、東大医科研 臨床ゲノム腫瘍学分野の古川洋一教授、東大医科研 健康医療インテリジェンス分野の井元清哉教授、九州大学 生体防御研究所 分子医科学分野の中山敬一主幹教授、新潟大学大学院 医歯学総合研究科 オミクス生物学分野の松本雅記教授、慶應義塾大学医学部 医化学教室の末松誠教授、同・杉浦悠毅専任講師、理化学研究所 メタボローム研究チームの有田誠チームリーダー、国立長寿医療研究所 老化機構研究部の杉本昌隆室長らの共同研究チームによるもの。詳細は、米科学雑誌「Science」に掲載された。
これまでの遺伝子工学的実験手法により、マウス個体から老化細胞を除去することで、加齢に伴うさまざまな症状の改善や健康寿命の亢進、さらには動脈硬化症などの加齢関連疾患の病態が改善することがわかってきた。しかし近年になり、生体内に存在する老化細胞は多様性を有することが判明。そのため、広範な老化細胞を標的とした老化細胞除去薬の開発には至っていないのが現状だ。
そこで共同研究チームは今回、老化細胞の生存に必須な遺伝子群を探索するため、これまでの研究成果を基に新たな純化老化細胞の作製法を構築することを目標とした。この新しい作製法は、4期ある細胞周期において第3期のG2期(分裂するM期のひとつ手前)において、「p53遺伝子」を活性化させるというものだ。効率的に細胞老化を誘導することが可能であり、ほかの誘導系で作製した老化細胞と同じ性質を持っているという。
この純化老化細胞を用いて、「レンチウイルスshRNAライブラリースクリーニング」にて、老化細胞の生存に必須な遺伝子群の探索が行われた。その結果として同定された有力な候補遺伝子が、アミノ酸の一種であるグルタミンの代謝に関与するGLS1酵素のものだった。
続いて、老化細胞におけるGLS1の発現変化の解析が行われた。すると、細胞の種類や老化誘導要因に関わらず、老化細胞においてGLS1アイソフォーム(類似したタンパク質の仲間のこと)のひとつであり、腎臓尿細管の上皮細胞に発現することで知られている「KGA」の発現が顕著に増加していることが判明した。
またヒトの皮膚においても、KGAの発現と年齢に正の相関があることも確かめられた。さらに正常細胞、および老化細胞の生存に対するGLS1阻害剤の影響が検討され、その結果、老化細胞を選択的に死滅させることが確認されたのである。
これまでのラットの腎臓を用いた研究によれば、KGAの発現は細胞内pHの低下により上昇することが示されていたという。細胞内のpHの調節には細胞内小器官「リソソーム」が重要な役割を果たすことから、同小器官の動態についての解析が行われた。すると、老化細胞においてリソソーム膜に損傷が生じること、その原因が老化細胞のさまざまな遺伝子の過剰発現によるタンパク質凝集体の形成であることが明らかとなったのである。
なお老化細胞においてGLS1を阻害すると、細胞内pHが大きく低下することで細胞死が誘導されること、そして細胞培養液のpHを弱塩基性にすることやアンモニアを過剰添加することでGLS1阻害による細胞死が抑制されることも確認された。
GLS1は、グルタミンをグルタミン酸へと変換すると、エネルギー代謝に重要な代謝産物と共にアンモニアを産生することは古くから知られていた。そして、このアンモニアの産生はあくまで副産物であると考えられており、その生理・病理的意義については実は不明のままだった。
今回の研究で解明された分子メカニズムにより、老化細胞は、細胞内pHの低下に伴い、GLS1の量を増加することで過剰なアンモニアを生成し、細胞内pHの恒常性を調節することで生存を維持できるということが示唆された形となった。
最後に、加齢現象に対するGLS1阻害剤の有効性を検証するために、老齢マウスへのGLS1阻害剤の投与が行われた。すると、さまざまな臓器・組織において老化細胞の除去が確認できたという。加齢性変化の特徴として知られている腎臓の糸球体硬化、肺の線維化、さらには肝臓の炎症細胞浸潤といったさまざまな症状が改善することが可能であることが確かめられたのである。
また老化に伴う筋量低下は、運動能力低下や脂肪組織萎縮による代謝異常を生じるが、GLS1阻害剤の投与により、これらの進行も抑制されることが判明。さらに、さまざまな加齢関連疾患モデルマウスに対してGLS1阻害剤が投与されたところ、肥満性糖尿病、動脈硬化、およびNASHの症状が緩和されることもわかったのである。
今回の研究成果により、リソソーム膜損傷によるグルタミン代謝の亢進が老化細胞の脆弱性の分子基盤であることが明らかとなった。さらに、GLS1阻害剤が生体内における老化細胞の除去に有効であること、その結果として、さまざまな加齢現象や老年病、生活習慣病の改善に有効であることも示された。
現在、GLS1阻害剤は有効ながん治療薬として臨床試験中だ。今回の研究を足掛かりとして、GLS1阻害剤を用いた老化細胞除去による革新的な抗加齢療法や、「がん」を含めた老年病や生活習慣病の予防・治療薬の開発にもつながることが期待されるとしている。