東京都立大学(都立大)は1月5日、加齢による脳神経細胞内の糖代謝変化と個体の老化との関係について、モデル動物であるショウジョウバエを用いて調査を行った結果、加齢による脳神経細胞内のATP量の減少は、神経細胞内への糖取り込みを促進することで抑えられることを発見したと発表した。同時に、神経細胞内への糖取り込みを促進することで、加齢性運動機能低下を緩和し、寿命が延伸することも判明したと発表した。
同成果は、都立大大学院 理学研究科 生命科学専攻の岡未来子大学院生と安藤香奈絵准教授らの研究チームによるもの。詳細は、米科学雑誌「iScience」にオンライン掲載された。
日本を筆頭に、世界中で平均寿命が延びており、人生100年時代を迎えようとしている。とはいえ、単に寿命が延びただけでは意味がなく、健康寿命も同時に延びる必要がある。そのために重要なことのひとつが、脳の老化を防ぐことだ。思考や記憶などを司る脳機能は、誰しも歳を重ねることで低下していくため、その低下をどれだけ防げるかが健康寿命の延伸につながるのである。
脳の高次機能の中核をなす神経細胞は、エネルギー(ATP:アデノシン三リン酸)を多く必要とする。神経細胞内において、ATPは糖の分解によって生産されている。しかし、脳はアルツハイマー病などの加齢性神経疾患などを患ったりするだけでなく、通常の加齢によってもその糖代謝機能が低下することが報告されている。
その一方で、血糖値を下げる食事制限や、インスリンシグナリングによる糖の細胞内への取り込みを阻害することによって寿命が延びるという、正反対のことも知られていた。このように、脳の老化や寿命における糖代謝変化の役割については、相反する知見があり、その矛盾に対する説明はこれまでなされてこなかったとする。そこで研究チームは今回、加齢による脳内の糖代謝変化と個体の老化との関係をモデル動物であるショウジョウバエを用いて調査することにしたという。
ショウジョウバエとヒトではサイズは大きく異なるが、どちらの脳も類似した構造を持つ。また、ヒトの病気に関わる分子の多くもショウジョウバエにもあることがわかっている。加齢についても、記憶力の低下、運動障害、個体死など、ヒトと似た経過を示すという。これらに加え、現代においてはショウジョウバエに対しては高度な遺伝子操作が可能だ。さらに、その一生は2か月と短いので、加齢の研究を短期間で行えるというメリットもある。
まず調べられたのが、ATPが脳の神経細胞の中で、加齢に伴ってどのように変化するかという点だ。生きた脳における神経細胞中のATP量を可視化する手法「ATPバイオセンサー」を用いた解析が行われた。すると、ATPの量が加齢により低下していることが発見されたのである。
続いては、そのATPの量が低下する仕組みについての調査が行われた。すると、神経細胞への糖の取り込み量が低下し、ATPを作る解糖系やミトコンドリアの機能も低下していることが判明したという。そこで、糖が神経細胞内に取り込まれる際に入口の役割をするタンパク質である「グルコーストランスポーター」を増やすことで、神経細胞内への糖の取り込みが促された。すると、加齢によるATP量の低下が抑制されることが判明したのである。
さらに、このときの個体レベルでの老化に伴う変化が調べられたところ、加齢に伴って起きる運動機能の低下が緩和され、また寿命も延伸していることがわかったのである。これらより、脳神経細胞でのATP欠乏を防げば、個体の老化を緩和できることが確認されることとなった。
そのうえ、これらの神経細胞における糖の取り込みが促進された個体を、食餌制限下で飼育。すると、糖取り込みのみまたは食餌制限のみに比べて、さらに寿命が延びていることが確かめられたのである。この結果から、脳神経細胞への糖の取り込みが、個体の老化に重要な役割を果たしているという結論に至ったとした。脳神経細胞への糖取り込みの促進と、食生活を改善することの組み合わせよって、将来的に健康寿命の延伸が期待されるとしている。