岡山大学は12月23日、土星の衛星タイタンや木星の衛星エウロパ、ガニメデ、また準惑星の冥王星など、太陽系の外惑星とその衛星などに豊富に存在する水について、低温かつほかの天体構成物質が存在する環境下で、その表面から内部海に至るまでの地殻をなす水がどのような状態であるのかを理論的に突きとめたと発表した。
同成果は、岡山大学 異分野基礎科学研究所(理学部)理論化学研究室の田中秀樹教授、同・矢ヶ崎琢磨特任講師(現・大阪大学大学院 基礎工学研究科 特任准教授)、同・松本正和准教授らの研究チームによるもの。詳細は、米天文学会の発行する国際科学雑誌「Planetary Science Journal」にオンライン掲載された。
低温かつ一定の圧力がある環境下においては、気体と水が一緒に凍結したガスハイドレートが生じることがある。通常、疎水性分子であるメタン、エタン、プロパンなどは、液体状態の水に対する溶解度が非常に低く、分子数の比でいえば、1万分の1以下しか溶けない。しかし温度を下げると状況はまた異なり、それらの気体は水に対して15%もの割合で取り込まれて「ガスハイドレート結晶」となる。
このようなガスハイドレートが生じやすい環境が、太陽系には存在している。木星以遠の、太陽の光がわずかしか届かない極低温のエリアだ。惑星系の形成時に水が蒸発せずに存在し得る限界線を「スノーライン」と呼ぶが、太陽系では火星と木星の間(小惑星帯の辺り)にあり、そこから先は水が主に氷の形で豊富に存在することがわかっている。このように氷が大量に存在することから、その一部は窒素やメタンなどの気体と接してガスハイドレートになっている可能性があると考えられている。しかし、どのような条件のもとでガスハイドレートが存在し得るのかは不明だった。
そこで研究チームは今回、大量の気体分子を取り込むことのできるガスハイドレートが、さまざまな温度・圧力条件および組成比(気体と水の割合)において生成できるかどうかを理論的に正確に予測する方法を考案。そして、その予測方法を外惑星の衛星に対する適用が行われた。その結果、木星の衛星であるエウロパやガニメデのように、希薄な酸素大気と水とが接触している場合には通常の氷が生じることが予想される結果となったという。
一方、大気圧が高く温度の低い土星の衛星タイタンでは、大気の成分である窒素とメタンを含むガスハイドレートのみが生じ、通常の氷は存在できないことが明らかにされた。タイタンの地殻は氷でできており、その下には液体の水で満たされた内部海があると考えられている。通常の氷が存在できないということは、地表からその内部海に接する底面にいたるまで、タイタンの地殻にはガスハイドレートがあまねく存在することが予想されるとしている。
また、このガスハイドレートこそが内部海が凍らずにいられる理由と考えられている。そもそもタイタンの地表は、メタンが液体で存在するほどの極寒の世界、つまり少なくともマイナス180℃前後ということになる。地表と地下では差があるとはいえ、地表がそれだけ低温であれば、その低温を遮断するような仕組みがなければ、内部海が長らく液体のままでいるのは難しいはずだ。
しかし、ガスハイドレートが内部海を天井として覆っていれば話は別である。ガスハイドレートは熱の伝導率が通常の氷と比べて20%程度しかなく、保温効果がとても大きい。内部海を毛布のように覆うことで、冷めないようにしていることが考えられるのである。
さらに今回の成果は、タイタンにおいて、メタンがどこから供給されているのかという謎にも迫ることとなった。タイタンには1.5気圧という大気があり、そのうちの大部分を窒素が占め、わずか1.4%をメタンが占める。メタンは大気中で凝結して雨となって降り注ぎ、渓谷を刻み、海や湖沼に流れこんで地球そっくりの地形を生み出している。タイタンは地球以外で唯一、液体が地表に存在することが確認されている天体だ。
海や湖沼を作るほどなので大量にメタンが存在するのは確かだが、メタンは光化学反応で変化しやすいという特性を持つ。供給され続けなければ、現在見積もられている量であれば、数千万年ほどでほかの物質に変化してしまい、メタンの海や湖沼はすでになくなっているはずだという。そのため、メタンがどのように供給されているかが、大きな謎とされていたのである。
これまでの研究では、岩石質の中心部にメタンの供給源があると考えられており、氷の火山の噴火などではるばるメタンが地表に供給されると考えられてきた。だが今回の成果により、タイタンの地殻中から大気にいたるまでのどの深さでもメタンが存在できること、そしてそのために内部海からの水の直接の噴火に頼ることなく、地殻からメタンがもたらされ得ることが示された形だ。
さらに今回の成果は、準惑星の冥王星に対しても大きな成果を上げることとなった。冥王星はタイタンよりもさらに極寒の-200℃を遥かに下回る凍てついた死の世界と考えられてきたが、2015年にNASAの探査機「ニュー・ホライズンズが」がフライバイ観測を行ったことで、その実情が大きく改められることとなった。
エウロパ、ガニメデ、タイタン、そのほかにも土星の衛星エンケラドゥスなど、氷の地殻の遥か下に液体の内部海が広がっていると推測されている木星や土星の衛星は複数あるが、冥王星もまた状況証拠からその内部に液体の水をたたえた内部海があると推測されたのだ。
冥王星の地表は-200℃を遥かに下回るにもかかわらず、なぜ内部海が凍らずにいられるのか。これもタイタンと同じで、ガスハイドレートの層が毛布のように内部海を保温していることが理由だとされている。このガスハイドレートで保温されることにより、冥王星の内部海が凍らないでいられるというメカニズムに関しては、2019年に北海道大学の鎌田俊一准教授らによって提唱された。
今回の成果では、冥王星はタイタン以上の極低温の世界であるため、もし冥王星表面が水に覆われてから十分時間が経過しているなら、大気の成分である窒素とメタンを含むガスハイドレートのみが生じ、通常の氷は存在できないという。まさに鎌田准教授らの説を補強する形となった。
研究チームは、今回の成果に対し、タイタンなどの外惑星の衛星や冥王星における、内部海の存在や地殻から大気へのガス放出についての原因解明に役立つことが期待されるとしている。