米国航空宇宙局(NASA)は2020年12月17日、火星から岩石や砂などの試料を持ち帰る「マーズ・サンプル・リターン(MSR)」計画を、実現に向けた段階へ進めると発表した。
打ち上げは2020年代後半の予定で、2機の探査機を打ち上げ、火星探査車「パーサヴィアランス」が火星で集めた試料が入った試料管を回収し、地球へ持ち帰る。
惑星科学者は長い間、火星の試料を手に入れることを待ち焦がれており、実現すれば火星に生命が存在したかどうかの理解を深め、ひいては地球上の生命の起源を理解することにもつながると期待されている。
マーズ・サンプル・リターン(MSR)計画
マーズ・サンプル・リターン(MSR:Mars Sample Return)は、NASAと欧州宇宙機関(ESA)が共同で検討を進めている、火星から岩石や砂などの試料を持ち帰る「サンプル・リターン」を目的とした史上初の計画である。
火星は太古の昔、地球のような環境だったと考えられており、生命が存在していた可能性もあるとされる。これまで何機もの探査機が送り込まれたが、探査機に搭載できるサイズや性能の観測機器では、分析できることが限られており、科学者たちは隔靴掻痒の状態にある。
そこで、火星から試料を持ち帰り、地球の最新の装置で分析ができれば、探査機ではわからない多くのことがわかるかもしれない。また、その試料を保存しておけば、将来さらに性能が向上した装置で分析することもできる。
実際、過去にアポロ計画などで持ち帰られた月の試料は、何十年にもわたって保存されており、新しい装置で分析されたり、新しい理論やモデルが生み出された際に保存した石を使って検証したりといったことが行われている。
こうしたことから、惑星科学者は長い間、火星からも試料を手に入れることを待ち焦がれている。
火星から試料を持ち帰るのは、大きなロケットと複雑な探査機が必要であるなど、これまでは技術的に難しく、構想はあっても実現することはなかった。しかし近年、いよいよ実現の目が出てきたことで、MSR計画が立ち上がった。
その準備段階はすでに始まっており、今年7月に打ち上げられ、来年2月18日に火星に着陸する予定のNASAの火星探査車「パーサヴィアランス」には、試料を回収し、試料管に収容する機構が搭載されている。パーサヴィアランスは古代の微生物の痕跡を探すとともに、ロボット・アームの先にあるドリルを使って、その痕跡が含まれているかもしれない火星の岩石やレゴリス(割れた岩石や塵)を採取し、試料管に密閉。火星の表面、もしくは地下に置いて保管する。
そして2020年代後半、MSRの「サンプル回収着陸機(Sample Retrieval Lander)」と、「地球帰還周回機(Earth Return Orbiter)」を、それぞれ別々に打ち上げる。サンプル回収着陸機は火星に着陸したのち、探査車「サンプル回収ローバー(Sample Fetch Rover)」を送り出し、パーサヴィアランスが残した試料管を回収。そして着陸機に搭載した小型ロケットに載せ替え、火星から打ち上げ、火星の周回軌道に乗せる。
その後、地球帰還周回機でそのロケットを捕まえ、試料管を載せ替えたのち、火星を出発して地球に向かう。地球帰還は2030年代の初頭に予定されている。
NASAは、サンプル回収着陸機と、火星から打ち上げるロケット、地球帰還周回機の捕獲・試料管の格納・帰還システムを開発。ESAは地球帰還周回機と、試料管を回収するサンプル回収ローバー、そして着陸機のロボット・アームの開発を担当する。
かつて、これほど大掛かりで複雑な無人の探査ミッションは行われたことがなく、実現には課題や必要な技術開発が山積している。そのためNASAは今年はじめ、MSRのコンセプトを評価するため、専門家による独立審査委員会を設立。10月には同委員会が、44の勧告を出しつつも、NASAにはMSRを実施できるだけの準備があるという報告書を発表した。
これを受け、NASAはMSR計画の継続的な評価を行うため、別の専門家集団となるMSR常設審査委員会を設立。そして今回、同委員会はMSR計画を「フェイズA」に進めることを勧告し、実現に向けて一歩前進することになった。
このフェイズAでは、MSR計画にとって重要となる技術を成熟させ、また設計上の重要な事柄について決めていき、そして産業界とのパートナーシップの評価などが行われる。
NASAの科学担当副長官を務めるトーマス・ザブーケン氏は「火星の試料を地球に持ち帰ることは、宇宙開発の黎明期から惑星科学者にとっての夢でした。今回、MSR計画がフェイズAに進むことが決まったことは、この目標を現実のものにするための重要な次のステップです。MSRは複雑なミッションであり、それはこのミッションが先進的な宇宙探査であることを体現しています」と語る。
また、NASAジェット推進研究所(JPL)でMSRのプログラム・マネージャーを務めるBobby Braun氏は「フェイズAの策定作業を開始したことは、今後待ち受けているいくつものステップのうちのひとつに過ぎませんが、私たちのチームにとって記念すべき一歩です。MSR常設審査委員会による審査は、私たちの計画を強化することにつながり、そしてNASAとESA、企業の協力によって、MSRの実現のための具体的なアプローチを形作っていくうえでのマイルストーンとなりました」と語る。
さらに、MSRミッションの実現に必要な、火星からのロケットの打ち上げや、火星周回軌道でのランデヴー・ドッキングなどといった技術は、有人火星探査を行う際にも必要になることから、MSRはその予行練習になるという側面もある。NASAが現在進めている「アルテミス計画」では、2024年以降に有人月探査を行ったのち、その技術やノウハウを活かし、2030年代以降に有人火星探査を行うことが検討されている。
NASAでMSRのプログラムのディレクターを務めるJeff Gramling氏は「MSRは、人類のための重要な工学的な進歩と、他の惑星への往復飛行ミッションのための技術の進歩を促すことになります。MSRで得られる火星の試料は科学的に前例のない大きなものであり、そしてまたNASAが目指す有人火星探査にも貢献することになります」と語っている。
なお、火星からのサンプル・リターンは、中国も2030年ごろに実施するという構想を発表している。ロシアも、2020年代に「マールス・グルーント」という計画を実施する考えを示しているが、探査機やロケットの開発が遅れていることなどから、まだ実現の見通しは立っていない。
また、日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)では、火星の衛星のひとつ「フォボス」からのサンプル・リターンを行う「MMX(Martian Moons Exploration)」という計画が進んでおり、2020年代前半の打ち上げを目指し開発が行われている。
参考文献
・News | NASA Moves Forward With Campaign to Return Mars Samples to Earth
・Missions | Mars Sample Return
・ESA - Mars sample return
・Space Images | Mars Ascent Vehicle Launching with Samples (Artist's Concept)