東京大学 生産技術研究所(東大生研)は12月17日、静電気でくしゃみなどの飛沫をとらえることでウイルスをフィルターする機能を有し、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の医療現場などで活用されている「N95マスク」のフィルター機能を安価かつ安全に回復させる手法を開発したと発表した。
同成果は、東大生産技術研究所の杉原加織講師らの研究チームによるもの。詳細は、英王立化学会発行の「Soft Matter」に掲載された。
N95マスクは、メルトブローと呼ばれる手法で作成されており、静電気を帯びたポリプロピレンのマイクロファイバーが主原料となっている。このマイクロファイバーのメッシュの穴は数μmほどで、通気性が確保されているが、くしゃみをしたときの飛沫などは多くの場合に帯電しているため、たとえメッシュの穴よりも小さくても、静電気によって吸着させることで侵入を防ぐことが可能という特徴がある。
フィルター機能が高いために新型コロナの第一波が襲ったときは、世界中の医療機関で活用された一方、特に輸入に頼っていた日本では過度な供給不足が発生し、問題となった。このような問題に対し、世界中の研究機関がN95マスクの再利用方法について研究を行っているが、静電気を保ちつつウイルスを不活性化させる最適な方法はまだ見つかっていなかった。
N95マスクの再利用に向けては、アルコールの噴霧、洗浄、煮沸、オートクレーブ(高温高圧下での除菌)など、一般的なウイルス不活性化手法を単純に用いただけでは叶わない。静電気は水や湿気に弱いため、一般的なウイルス不活性化手法では静電気を減少させ、N95マスクならではのフィルター効果を低下させてしまうからである。
N95マスクは一般的に3層構造になっており、静電気を有するポリプロピレン・マイクロファイバーが保護膜により挟まれている。静電気とは、正確には帯電している電荷のことだ。そして静電気の強さについては、電位測定器を用いて電荷が作る電位を測定することで知ることが可能だ。電位測定器はマスクとセンサの距離を一定にして測定する必要あることから、研究チームはまずこの距離を固定する器具の作成から行った。
そしてマスクの静電気の測定が行われた結果、製造会社や保存方法の違いによって差はあるものの、ポリプロピレンの表面には負の帯電があることが確認された。それらのマスクに対し、使用後の再利用を再現するため、オートクレーブ、洗浄、煮沸などの手法を用いて滅菌(ウイルス不活性化)すると、静電気が落ちる様子も観測された。
続いて実験の本命である、ウイルス不活性化の過程で一度失われたマスクの静電気を、ヴァンデグラフ起電機を用いてリチャージする試みが行われた。ヴァンデグラフ起電機とは、内蔵のモーターがベルトを回すことで摩擦による静電気を作り出す。そして大きな金属球に負の電荷を、小さな金属球に正の電荷を貯めるという装置だ。このふたつの球の間にマスクを挟んで放電させると、静電気を移すことができるという仕組みである。
この方法を用いることで、ウイルス不活性化で一度はほぼ完全に失われたマスクの静電気が復活することが確認された。その結果、静電気によるフィルター能力が回復することも確認されたという。煮沸時のマスクの変形といった課題がまだ残るものの、研究チームは、この手法であれば安全かつ安価にN95マスクを再利用できる方法を確立できる可能性があるとしている。
なお研究チームは今後、空気清浄機などにもポリプロピレン・マイクロファイバーが利用されていることから、今回のヴァンデグラフ機電気を用いた再利用手法をN95マスク以外のものにも応用することを検討中だとしており、将来的には、ゴミを減らし、素材の再利用を促すようなサステイナブルな技術の提供につなげていきたいとしている。