はじめに
温度抵抗係数(TCR)あるいは抵抗温度係数(RTC)とは抵抗器の特性性能です。これは非常に低い抵抗値においては抵抗器の構造から大きく影響を受けます。また、特性を決めるいくつかの手法によってはあいまいにされがちです。このレポートはTCRに寄与する抵抗器の構造の要点と特性について説明し、この抵抗器の性能を示す重要なパラメーターについてより理解を深める事を目的としています。
原因と影響
電気抵抗とは金属か合金内の結晶格子の内部で自由電子を理想経路から逸脱させる複数の要素が合わさった結果です。自由電子が格子内で欠陥や不完全な箇所に遭遇すると拡散が起こります。これは移動経路を増加させ、電気抵抗の増大を引き起こします。これらの欠陥や不完全点は以下の原因から起こります。
- 熱エネルギーによる格子の動き
- 格子を構成する異なる原子、すなわち不純物など
- 部分的あるいは完全な格子の欠如(アモルファス構造)
- 結晶粒界における乱れ構造
- 格子内の結晶状あるいは間質性の欠陥
TCRはppm/℃で表され、上記の不完全性が構成する温度エネルギー成分の特性であり、異なる素材により大いに異なります(以下の表を参照)。この抵抗値変化は可逆的で、温度が参考温度に戻るにしたがい抵抗値も戻ります。
別の方法でTCRを視覚的に捉える方法として、素材の温度変化による膨張率で比較する方法があります。同じ100mの長さをもつAとBの異なる棒状の素材があったとします。Aは+500ppm/℃の割合で長さが伸び、一方のBは+20ppm/℃だとします。145℃の温度変化が起きた場合、Aは7.25mも伸びますが、Bは0.29mに留まります。下記に1/20の縮小率で視覚的な違いを示します。素材Aの変化は視覚的に捉えやすい一方、Bはほとんど違いが見当たりません。
同じことが抵抗器についても当てはまり、負荷がかかった状況(抵抗体の温度上昇を引き起こす)や周囲温度の変化がおきてもTCRが低い場合は広い温度範囲でより安定した計測を可能とします。
TCRをどのように測定するか
MIL-STD-202規格のMethod 304が定めるところによれば、TCRとは25℃の基準温度をもとにしたときの抵抗値の変化を指します。抵抗器の温度を変化させ、熱均衡が確認できたのちに抵抗値を計測します。この時の変化率がTCRです。一般的に温度上昇に伴う抵抗値の上昇は正のTCRを示します(注:自己温度上昇もTCRにより抵抗値が変化する要因となります)。
抵抗値 - 温度係数(%)
抵抗値 - 温度係数(ppm)
- R1 = 基準温度における抵抗値
- R2 = 使用温度における抵抗値
- t1 = 基準温度(25℃)
- t2 = 使用温度
使用温度(t2)はしばしばアプリケーションによって異なります。例えば、計測機器の使用温度範囲は主に-10℃から60℃となり、軍事機器は-55℃から125℃となります。
異なるTCRレベルによる25℃からの温度上昇と抵抗値の変化率(%)については下記グラフを参照してください。
TCRの抵抗値の最大の変化率は次の式で計算されます。
- R = 変化後の抵抗値
- R0 = 変化前の抵抗値
- α = TCR
- T0 = 変化後の温度
- T = 変化前の温度
構造がTCRに与える影響
金属ストリップないしは金属板構造の抵抗器は、従来の厚膜構造の電流検出用抵抗器よりも優れたTCRを示します。厚膜抵抗は主に抵抗体に銀を用い、端子に銅や銀を用いており、銀と銅はいずれも高いTCRをもつためです。
金属ストリップを使った抵抗器は銅材のみを端子に用い(下記イラストの2を参照)、TCRの低い合金の抵抗体(同1)と溶接され、0.1mΩの低い抵抗値をもちながら低いTCRを実現しています。しかし、銅端子(3900ppm/℃)は抵抗体(<20ppm/℃)に比べ高いTCRをもち、低い抵抗値が必要とされる場合には全体に強い影響をおよぼします。
銅端子は抵抗体と基板回路を低い電気抵抗で接続し、抵抗体に均一な電流を伝導しより精確な電流検出を促します。次の絵図では全体の抵抗成分が「銅端子」と「低いTCRの抵抗体」の組みあわせにで受ける影響を示します。同じ構造を持ち、もっとも低い抵抗値のとき銅がTCRに与える影響がより強くなります。
ケルビン端子構造 vs 2端子構造
ケルビン(4端子)構造は2つの利点を持ちます。優れた電流検出の再現性とTCR性能です。切欠きの入った端子は検出経路内の銅の成分量を低減します。下記の表ではケルビン端子構造と2端子の2512サイズ製品の比較表を示します。
2つの代表的な質問
Q:TCRの影響を減らすためになぜ切欠きを抵抗体の部分まで完全に入れないのか?
銅端子は電流の検出を行う部分との低抵抗接続を行っています。切欠きを抵抗体まで完全に入れてしまうと電流が流れていない抵抗体の部分の成分まで検出する回路を形成してしまい、結果として実際より高い電圧を測定してしまいます。端子の切欠きは銅のTCR効果の低減と検出精度と再現性をできる限り両立させた形状です。
Q:同じ効果を得るために4端子ケルビン接続のパッドデザインを用いることは有効か?
有効とは言えません。4端子パッドデザインはより優れた検出の再現性を示しますが、検出回路内の銅成分の影響を削減することはできず、同様のTCR性能を示します。
クラッド構造 vs 溶接構造
抵抗体に薄い銅を端子として取り付けた構造もTCR性能と検出の再現性に影響を与えます。薄い銅端子はクラッド(皮膜)構造か電気めっきによって作られます。
クラッド構造では銅と抵抗体の圧延板を高い圧力下で圧着させ、物質間で均一な機械的接続を起こすことで製造されます。いずれもの製造方法でも銅端子の膜厚はおおよそ数千分の1インチとなり、銅成分を最小化させTCRを向上させます。ただし、トレードオフとして端子の薄い銅は抵抗体へ電流を均一に伝達させないため、抵抗値は基板実装後にわずかに変化します。いくつかのケースでは、この実装後の抵抗値の変化量と別の抵抗器のTCRよる変化量と比較した場合、前者が大きくなってしまうことがあります。
すべてのデータシートが同じように作られているわけではない
抵抗体そのもののTCRを記載するメーカーもありますが、それは製品全体の特性の一部でしかなく、端子の影響を無視してしまっています。抵抗器全体のTCRが最も重要で、端子の影響を加味する事で実際のアプリケーションで抵抗器がどのように動作するかを見極めることができます。
また、TCR特性を限られた温度範囲でのみ表記するメーカーもあります。例えば、20℃から60℃の範囲内のみ、など。一方、現実のアプリケーションの動作温度範囲は-55℃から155℃といった広範囲の場合があります。こういった抵抗器を比較した場合、限られた範囲の温度で特性を表記している製品の方が広い温度範囲で特性を表記している製品より優れて見えてしまうことがあります。TCR特性はおおむね非線形であり、一般的に0℃未満の範囲で悪化します。
Vishayの同じ抵抗器の異なる温度範囲における違いについては以下のグラフで紹介します。
もしデータシートが抵抗値範囲ごとにTCRを記載している場合、その範囲内の最も低い抵抗値が端子の影響を一番受けるため制限値となります。逆に同じ範囲内の最も高い抵抗値は抵抗体の低いTCRの割合が増えるため、実際のTCRは低い場合があります。比較する際のもうひとつのポイントとしては、抵抗器に用いられるいくつかの素材それぞれのTCRが相互に作用するため、TCRグラフの傾きは常に同じではなく変化率が少ない素材もある点です。これは抵抗値を定めるための複数の素材のTCRが作用しあうからです。
まとめると、TCRに影響を与える要素は多く、データシートのみでは必要な情報や詳細が得られない場合があります。設計者として判断を下すために情報が追加で必要な場合は、部品サプライヤーの技術者へ問い合わせることをお勧めします。
参考文献
Add citation for highlight:(Zandman, Simon, & Szwarc Resistor Theory and Technology, 2002, p23-24)
Calculator: Change of Resistance Due to TCR Calculator
White Paper: Power Temperature Coefficient of Resistance (Contains checklist for comparing Datasheets)
Overview: Power Metal Strip Surface-Mount Current Sensing Resistors
著者プロフィール
Bryan's Biography(ブライアン・ヤールボロー)