東北大学と国立天文台は12月15日、国立天文台の「アテルイII」をはじめとする複数のスーパーコンピュータ用いて、無衝突プラズマ乱流のシミュレーションを実施し、太陽風やブラックホールの降着円盤などのプラズマを構成するイオンと電子に関して、イオンの方が遥かに高温になる理由を突き止めたと共同で発表した。

同成果は、東北大 学際科学フロンティア研究所の川面洋平助教(同大学大学院 理学研究科兼任)らの国際共同研究チームによるもの。チームには、英・オックスフォード大学、米・プリンストン大学、米・カリフォルニア大学バークレー校、米・アリゾナ大学、米・メリーランド大学の研究者も参加している。詳細は、米科学雑誌「Physical Review X」に掲載された。

プラズマとは固体・液体・気体に次ぐ物質の第4の状態であり、高温のために原子が原子核(=プラスの電荷を帯びた陽イオン)と電子がバラバラになった状態のことをいう。我々の身の回りでは、プラズマ状態の物質はそうないが、全宇宙規模で見た場合、ダークマターを除いた通常の“目に見える”物質の99%以上が、プラズマ状態にあると考えられている。太陽系を見渡してみれば、それも納得できるというもの。太陽系の全質量の99%以上を占めるとされる太陽がプラズマの塊だからだ。固体・液体・気体はほんの微々たるものでしかないのである。

宇宙において物質の99%以上がプラズマ状態にあるということは、プラズマが持つ性質を理解することは、さまざまな天体現象を理解する上で重要となることがわかる。太陽をはじめとする恒星や、そこから吹き出す太陽風、ブラックホールの周囲を巡る降着円盤など、さまざまな天体現象の理解につながるからである。

しかし、太陽風や降着円盤などのプラズマの物理的性質には未解明な点が多い。そのひとつが、イオンと電子の温度差だ。天体プラズマは高温で希薄なため、粒子同士の衝突はほとんど発生せず、それは「無衝突状態」と呼ばれる。無衝突状態では、プラズマを構成するイオンと電子の間に調節的な相互作用が存在しない。そのため、両者はそれぞれ異なった温度を取ることが可能だ。

我々の感覚からすると、熱い液体と冷たい液体などが混ざり合えば、冷たい方は熱せられ、逆に熱い方は冷やされ、最後には両者とも同じ温度で落ち着く。しかし、プラズマ中では混ざっているように見えても、衝突という直接的な相互作用がほとんど発生しないため、イオンと電子では異なる温度を維持できるのだという。

そしてこれまでの研究から、太陽風や降着円盤などの天体現象においては、イオンの方が電子よりも遥かに高温であることがわかっていた。しかし、なぜイオンの方が高温なのかは長い間の謎だったのである。そこで今回、国際共同研究チームはこの問題を解決するため、スーパーコンピュータを用いて無衝突プラズマ乱流のシミュレーションを行い、イオンと電子がどのように乱流によって加熱されるのかの分析を行った。

無衝突プラズマでは、我々が身の回りの水や空気の流れを調べる際に用いる流体力学モデルを使うことができないため、「運動論」と呼ばれる第一原理モデルを使う必要がある。しかし、運動論は流体力学よりも遥かに複雑なモデルであり、そのままではシミュレーションの実行速度が低下してしまう。そこで、国際共同研究チームが選んだのが、磁場閉じ込め核融合の研究で用いられている「ジャイロ運動論」というモデルだ。

ジャイロ運動論は、乱流の持つさまざまなゆらぎのうち、ゆっくりとした変動にのみフォーカスすることで、本来の運動論よりもシミュレーションにかかる数値コストを大幅に下げることが可能だ。そしてシミュレーションには、国立天文台が運用する天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイII」(岩手県の国立天文台水沢キャンパスに設置されており、3.087PFlopsの理論演算性能を持つ)に加え、英国とイタリアにあるスーパーコンピュータなどが用いられた。

プラズマの乱流の中には横波的ゆらぎと縦波的ゆらぎが存在する。横波的ゆらぎとは磁力線が弦のように振動するもので、一方の縦波的ゆらぎとは音波のように空気の粗密や磁場の強度が波の進行方向に沿って振動するものだ。なお、これまで行われてきた無衝突プラズマ乱流の研究では、横波的ゆらぎのみが存在する状況が想定されてきたという。横波的ゆらぎのみが存在するときは、イオンが選択的に加熱される可能性と、電子が選択的に加熱される可能性のどちらもあり得えるとする。

  • 無衝突プラズマ乱流

    今回の研究の概念図。降着円盤や太陽風の中で、プラズマを構成しているイオンと電子が乱流によって加熱されることをイメージしたもの (c) 川面洋平氏(出所:共同プレスリリースPDF)

そこで今回の研究では、世界初となる縦波的ゆらぎと横波的ゆらぎが共存するという、現実の天体現象により近い状況で無衝突プラズマ乱流のシミュレーションが行われた。その結果、イオンは縦波的ゆらぎの持つエネルギーを電子より効率よく吸い取るため、あらゆる状況でイオンは電子より強く加熱されることが明らかになったという。

  • 無衝突プラズマ乱流

    大規模数値シミュレーションによって得られたイオンと電子の加熱比と、縦波的ゆらぎと横波的ゆらぎの比の関係性を表したグラフ。横軸の値が大きいほど縦波的成分が増大する。一方、縦軸の値が大きいほどイオンの加熱が増大し、1を超えるとイオン加熱の方が電子加熱より大きくなる。マーカーの色はプラズマの圧力と磁場の圧力の比βiに対応し、βiが小さいほどより強磁場が表されている。いずれのβiに対しても、イオンと電子の加熱比は、縦波と横波の比の増加関数であるため、縦波的ゆらぎがイオンを選択的に加熱していることを示しているという (Kawazura et al. (2020) Physical Review Xを改変、(c) 2020 The American Physical Society) (出所:共同プレスリリースPDF)

今回の研究成果は、さまざまな天体現象においてイオンが電子よりも高温である事実を説明できるものだとする。特に、2019年に公開されたイベントホライズン望遠鏡によるM87銀河のブラックホール(の影)の直接撮像結果を解析する際に、イオンが電子に比べどれくらい強く加熱されるかという情報は重要になるという。そのため、今回の研究成果は降着円盤の観測結果をより精度良く理解するためにも重要な成果としている。