東京理科大学(理科大)と岡山大学は12月14日、従来の「ナトリウムイオン電池」の負極材料よりもはるかに高い容量を示す「ハードカーボン」(難黒鉛化性炭素)の合成に成功したと共同で発表した。

同成果は、理科大理学部 第一部応用化学科の駒場慎一教授、理科大大学院 理学研究科化学専攻の神山梓氏(2019年修士卒、筆頭著者)、同・五十嵐大輔氏(修士課程1年)、理科大 研究推進機構総合研究院の久保田圭嘱託准教授、物質・材料研究機構 エネルギー・環境材料研究拠点の館山佳尚グループリーダー、同・Youn Yong NIMSポスドク研究員、岡山大大学院 自然科学研究科 分子科学専攻の安東映香氏(修士課程1年)、大学院自然科学研究科の後藤和馬准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、「Angewandte Chemie International Edition」に掲載された。

充放電が可能なバッテリー(二次電池)において、リチウムイオン電池は革命をもたらし、スマホやノートPC、デジカメなど、さまざまなモバイル機器の稼働時間が飛躍した。また、ハイブリッド・カーや電気自動車(EV)もより高性能化している。それまでのニッケル水素電池やニッカド電池、鉛蓄電池などと比較すると、重量に対するエネルギー密度や、体積に対するエネルギー密度が向上。つまり、同じエネルギーならより軽くて小型で作れるようになったのである。

しかし、そんなリチウムイオン電池にも課題は複数存在する。EVに利用しようとすると、まだエネルギー密度が不十分であることや、充電に時間がかかること、さらに発火する危険性があるなどである。それらに加えて、リチウムイオン電池はコバルトなどの希少金属が利用されているうえに、リチウムそのものも決して豊富とはいえない元素で、産出地域が偏っていたりする。将来的に価格の高騰や、安定供給が難しくなる可能性など、懸念材料が存在するのだ。

こうした課題を克服するため、レアメタルやリチウムに依存しない方式の電池の開発も進む。マグネシウム電池、カルシウムイオン電池、アルミニウムイオン電池などさまざまな元素を用いた研究開発が進められているのが、そのひとつがナトリウムイオン電池である。

原子番号11のナトリウムは原子番号3のリチウムと同じ、周期表で最も左の1価に属するアルカリ金属であり、その点でリチウムイオン電池の技術を部分的ながら応用しやすいというメリットが存在する。またなんといっても資源的に豊富であり、リチウムのような課題はない。また、ナトリウム硫黄電池というナトリウムを利用した電池もすでに実用化されている。

ただし、ナトリウムイオン電池も課題を抱えており、それ故に現時点で実用化に至っていない。その最大といえる課題が、エネルギー密度の低さだ。これまでの研究で開発されてきた同電池の炭素負極材料の容量は、300~350mAh/g(mAh/g=1gあたりの放電容量)。リチウムイオン電池の負極材料である黒鉛の理論容量372mAh/gと比較すると、劣ってしまっていた。いくら資源的にナトリウムが入手しやすいとはいえ、性能が劣るものが市場で受けいられるかどうかは難しいところである。

そうした背景を受けて共同研究チームが今回発表したのが、ナトリウムイオン電池の負極材料として、ハードカーボンが最も有望だということとなる。ハードカーボンとは、黒鉛に似た層状構造の部分とナノサイズの空孔(ミクロ孔)というふたつの領域で主に構成されており、そのうちのナノサイズの空孔はナトリウムをより多く貯蔵することができるため、電池容量に大きく寄与する。さらにハードカーボンは、可逆容量(使用可能な容量)、作用電位、サイクル寿命、そして資源の豊富さのバランスにも優れているという。

高容量を示すハードカーボンを合成するには、ナトリウム貯蔵に適したサイズの空孔ができるだけ多く存在するようにその構造をデザインすることが重要だ。近年、空孔の多い多孔質なハードカーボン材料が420~438mAh/gという高容量を示すという報告がなされたという。しかしその研究では、ハードカーボンの合成には1900~2400℃と非常に高温での熱処理を必要としており、高い製造コストが課題となっている。

また、高温熱処理によって合成されたハードカーボンでは、電気化学的なナトリウム吸蔵反応(充電反応)の電位が0V近傍と金属ナトリウムの析出電位に非常に近く、安全面で大きな課題を抱えている。要は、金属ナトリウムの析出・成長による内部短絡(電池の内部で正極と負極が電気的に接続された状態)を生じさせてしまい、電池の発火につながりかねないのだ。そこで共同研究チームは今回、多孔質ハードカーボンの合成手法から検討を開始したとした。

多孔質な炭素材料の合成方法のひとつとして、酸化マグネシウム(MgO)やゼオライト、シリカなどの無機物を用いた鋳型合成法が知られている。鋳型の分布とサイズを調整することによって、鋳型溶出後に炭素内部に残る空孔の分布とサイズを調節することが可能だ。鋳型材料の中でもMgOには、以下の4点の優れた点がある。

  1. 希釈した酸で簡単に溶解する
  2. マグネシウムを含む有機化合物は熱分解されると炭素マトリックスの中にナノサイズのMgO粒子を形成する
  3. MgO粒子の溶出によって炭素材料の内部に空孔が形成される
  4. MgOおよび炭素の原料を適切に選択することで空孔の分布やサイズを調整可能

そこで共同研究チームは今回の研究で、MgO鋳型法の改良を行うことにした。原料のマグネシウムを含む有機化合物として、「グルコン酸マグネシウム(Mg(C6H11O7)2)」とグルコース(ブドウ糖)の混合物を600℃で前処理加熱することで、生成される炭素マトリックス中にナノサイズのMgO粒子が形成される。その後の塩酸による洗浄と、先行研究よりも低い1500℃での高熱処理を通して、ナノサイズの空孔を多く持つハードカーボンが合成されることが確認された。

そして、このハードカーボンを負極としたナトリウム電池は、478mAh/gという非常に大きな可逆容量を実現。ナトリウム基準1V以下という低い電位領域で示す容量としては、世界最高の容量となるという。

これまでの炭素負極材料よりも高い容量である478mAh/gを示すハードカーボンの合成に成功したとしたほか、初回充放電における「クーロン効率」も88%と高い値を示すことが確かめられた。クーロン効率とは、充放電効率を示す指標のひとつで、充電に要した電気に対する有効に取り出せた放電電気量の比のことである。

478mAh/gは、リチウムイオン電池の負極材料である黒鉛の理論容量の372mAh/gと比較しても、今回開発されたMgO鋳型ハードカーボンは高容量だ。3.7Vのナトリウムイオン電池正極(リチウムイオン電池では4.0Vの正極に相当)を仮定すると、最大でエネルギー密度が19%向上することが判明した。

  • ハードカーボン

    今回開発されたMgO鋳型ハードカーボンの容量(赤)と、リチウムイオン電池の負極材料である黒鉛の理論容量(青) (出所:理科大Webサイト)

さらに、MgO鋳型ハードカーボンの放電過程における平均作動電位と478mAh/gという容量から、ナトリウムイオン電池でのエネルギー密度を材料ベースで試算が行われ、358Wh/kgという高い値であることが導き出された。これは、2000mAh/gとさらに高い容量を示すリン系材料での値よりも高く、炭素材料のエネルギー密度が合金系高容量材料を上回る結果となったという。

  • ハードカーボン

    今回開発されたハードカーボンと既報の負極材料の作動電位と容量、エネルギー密度の比較 (出所:理科大Webサイト)

また充電過程における電位平坦部の電位は、従来の高温熱処理によって合成したハードカーボンよりも高く、金属ナトリウムの析出リスクの低減にも成功している。

資源量が豊富なナトリウムを利用したナトリウムイオン電池は、希少元素や毒性元素が不要なため、電力貯蔵用の大型蓄電池として応用が期待されている。リチウムイオン電池と比べて課題だったエネルギー密度の低さも、今回の研究において合成されたハードカーボンを負極に用いることで解決可能となった。共同研究チームは、高エネルギー密度なナトリウムイオン電池の実現が期待されるとしている。