国立天文台のすばる望遠鏡はハワイ現地時間12月10日、新型の系外惑星撮像装置と、系外惑星を直接探査するための新たな探索手法を組み合わせ、これまでよりも効率的に恒星を周回する新天体を発見できるようになったことを発表した。合わせて、新手法による最初の超低質量天体(褐色矮星)「HD 33632 Ab」を発見したことも発表された。

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    SCExAO/CHARISによる、「HD 33632 Ab」の直接撮像画像。十字の位置にある中心星からの明るい光の影響は新装置により除去されている。その右横のbの上の点源が、発見された褐色矮星。十字から褐色矮星までの距離が約20天文単位、30億km (c) T. Currie, NAOJ/NASA-Ames (出所:すばる望遠鏡Webサイト)

同成果は、東京大学兼アストロバイオロジーセンター(ABC)の田村元秀教授、ABCの葛原昌幸特任助教、NASAエームズ研究所所属のセイン・キュリー博士、カリフォルニア大学サンタバーバラ校のティモシー・ブラント教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、天文学専門誌「Astrophysical Journal Letters」に掲載された。

すばる望遠鏡の4つある焦点のうちの「ナスミス焦点」に設置された「SCExAO(スケックスエーオー)」と「CHARIS(カリス)」は、系外惑星や原始惑星系円盤を観測するための最新装置だ。SCExAOは、あたかもすばる望遠鏡を大気の揺らぎのない宇宙に打ち上げたようなシャープな星像を作る極限的な補償光学装置。一方のCHARISは、天空の微小な面の各点のスペクトルを一度に取得できる面分光の機能を持つ。この両者を組み合わせることによって、これまでにない高コントラストでの天体撮像と、そのスペクトル観測を同時に行えるようになった。

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    すばる望遠鏡のナスミス焦点に設置されているSCExAOとCHARIS。こうした観測装置などは、研究者がエンジニアの協力を得て製作していることも多く、市販品ではないためハンドメイド感がある。(c) プリンストン大学カリス・チーム、国立天文台 (出所:すばる望遠鏡Webサイト)

同システムは約2年にわたってすばる望遠鏡で調整が進められており、いくつかの天体の観測ですでに成果を上げている。この新システムを駆使した今回の国際研究チームによって最初に発見されたのが、超低質量天体「HD 33632 Ab」だ。ぎょしゃ座の方向、地球から86光年の距離に観測された。

なお褐色矮星とは、木星のような巨大ガス惑星と比較すれば遥かに大きいが、恒星として見た場合は最小サイズの赤色矮星よりもさらに小さいという、惑星と恒星の中間サイズの天体だ。(軽)水素による核融合を起こせるほどの質量がないため、自ら光り輝くことはできないが、重水素やリチウムの核融合は起きており、巨大ガス惑星よりは温度が高いと考えられている。

SCExAOとCHARISによる観測は2018年10月に行われ、その1か月後にすばる望遠鏡の“お隣さん”である、ハワイ・マウナケア山頂の天体望遠鏡群のひとつであるケック望遠鏡(10m級の望遠鏡2基で構成される)でも観測が行なわた。さらに、新型コロナウイルスの影響を受けつつも、2020年8月31日と9月1日には追加観測も実施された。

そしてわかってきたのが、「HD 33632 Ab」は単なる背景星ではなく、我々の太陽と似た恒星を主星としており(重力的に束縛されている)、20天文単位の距離を公転しているということこと、「HD 33632 Ab」を含めてこの星系の年齢が15億年であることなどだ。ちなみに1天文単位(1au)とは約1億5000万kmで、太陽~地球間の平均距離を表す。20天文単位とは、太陽系では約19天文単位の天王星より少しだけ遠い距離になる。

そして、CHARISにより得られた「HD 33632 Ab」のスペクトルを見ると、いくつかの山と谷からなる形が見て取れたが、これは「HD 33632 Ab」の大気中に存在する水や一酸化炭素のガスによるものであることが判明した。

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    SCExAO/CHARISで得られた「HD 33632 Ab」の性質。(左)スペクトルは、天体大気中の水蒸気や一酸化炭素の吸収によって、でこぼこした形を示している。(右)天体の位置の変化から軌道を決定するためのモデル。これによって天体の質量が定まる。複数の楕円のうち、黒の太線で描かれた楕円が最適解として得られた「HD 33632 Ab」の軌道で、丸印は10年ごとの予想位置が表されている。そのほかの楕円は、「HD 33632 Ab」の質量として仮定された値により色づけされている(右側の目盛り)。(c) T. Currie, NAOJ/NASA-Ames, T. Brandt, UCSB (出所:すばる望遠鏡Webサイト)

今回の研究論文の主著者であるキュリー博士によれば、新装置の高い性能により「HD 33632 Ab」を発見できただけでなく、天球上での正確な位置や天体の大気の性質を解明するためのスペクトルまで得られたという。

なお「HD 33632 Ab」の発見には、これまでの系外惑星直接探査の課題であった検出率の低さを克服するための新しい手法が採用された。恒星を周回する惑星や褐色矮星は、その重力により微小ながらも中心星を周期的にふらつかせており、それが利用されたのだ(木星も太陽をふらつかせているし、地球もほんのわずかだがふらつかせている)。

この中心星の運動は、もちろん微々たるものだ。巨大ガス惑星であっても、惑星である以上、中心の恒星に比べれば小さいからだ。ただし、微々たるものであってもふらつかせているのは事実であり、そのふらつきを高精度にとららえることができれば、どれだけの質量の惑星があるかといったことがわかるのである。

そうした、恒星のふらつきをとらえられるのが、2013年に欧州宇宙機関によって打ち上げられた位置天文観測衛星「ガイア」だ。同衛星は、天球面上の位置の変化として、恒星のふらつきを測ることができる観測精度を有する。今回の探索では、すばる望遠鏡の新観測装置に加え、このガイアが取得した天球面上のふらつきデータが利用された。そして早速、第1号として「HD 33632 Ab」が発見されたというわけだ。

国際共同研究チームは、この新手法を用いて軌道半径の大きな惑星や褐色矮星を伴っていそうな恒星を選出し、それから直接観測を試みるというプロジェクトを実施しており、その中で「HD 33632 Ab」は検出された。そしてこの発見により、今回の新手法が効果的であることが証明されたという。チームのひとりであるブラント博士によれば、これまでの褐色矮星探しは「運試しのようなもの」だったの対し、今回は勝算の高い探査だったとした。

ガイアなどで観測された中心星の運動と、すばる望遠鏡/ケック望遠鏡で観測された「HD 33632 Ab」の位置の変化からその軌道の解析が行われた。そして「HD 33632 Ab」の力学的な質量がケプラーの法則から導き出され、木星の約46倍と見積もられた。褐色矮星は恒星に当てはめようとすると“超低質量”の天体だが、巨大ガス惑星と比較した場合は圧倒的に巨大である。ちなみに、太陽の質量は木星の質量の1000倍であり、「HD 33632 Ab」が恒星と比較すると小さいことがわかる。

ちなみに、惑星と褐色矮星を区別する際のボーダーラインは、通常は木星の13~14倍の質量となる(厳密な境界線があるわけではなく、ある程度幅がある)。それ以下なら惑星で、それ以上なら褐色矮星と分類される。「HD 33632 Ab」の質量はこの境界値よりも大きく、間違いなく褐色矮星側の範囲に入っているが、実は公転軌道は、これまで直接撮像で発見された系外惑星と同様の傾向を示しているという。

軌道は真円に近いか楕円か、さらには彗星のような放物線や双曲線などを描いているかのいずれかだが、それらは「離心率」という値で表される。そして離心率が0なら真円、0より大きくて1より小さければ楕円の範疇(値が小さいほど真円に近くなる)、1なら放物線、1よりも大きければ双曲線となるが、離心率の値は低く、惑星に近いという。

また「HD 33632 Ab」の発見は、2008~2010年に初めて撮像され、直接撮像された系外惑星の中では最も詳しく調べられている「HR 8799」系の惑星の理解を深めるためにも重要だという。比較が可能となるからだ(系外惑星の多くは、その惑星が恒星の前を横切ることで明るさが変化するのをもとにして見つけ出す「トランジット法」で発見されており、直接撮像できている系外惑星はそれほど多くない)。

「HR 8799」星系の年齢は4000万年で、「HD 33632」星系は15億年。褐色矮星は重水素などでの核融合が起きるため、巨大ガス惑星よりは温度が高くなるとされる。一方、巨大ガス惑星も一般的に若いほど温度が高いと考えられている。そのため、この年齢差と、「HD 33632 Ab」の方が質量が大きくて表面重力も強いということを加味すると、「HD 33632 Ab」と「HR 8799」が従える巨大ガス惑星の表面温度はおおよそ同じ程度と推測された。

一方、「HD 33632 Ab」の質量は力学的によく決定され、「HR 8799」の惑星の質量もさまざまな手法で制限がついている。つまり、「HD 33632 Ab」と「HR 8799」を比較することは、褐色矮星と巨大ガス惑星の大気の違いを理解するためにも最適な天体といえるとしている。

また、系外惑星の大気は、モデル化することが難しいことで有名だ(「HR 8799」系の惑星は、厚い雲のような特異な性質を持っていると考えられている)。今回の新天体は、このような複雑な系外惑星の大気を理解するためにも重要であるとキュリー博士はコメントしている。

今回の探査はまだ始まったばかりだが、国際共同研究チームは「HD 33632 Ab」以降の新しい有望な候補を複数発見している。これまでも、すばる望遠鏡の「SEEDSプロジェクト」など、系外惑星や褐色矮星の直接撮像探査プロジェクトは複数回行われてきたが、惑星と褐色矮星の伴星の検出率は数パーセント程度であり、とても低かったという。田村教授や葛原特任助教らは、今回の新手法であれば過去のどの探査観測よりも高い頻度で惑星と褐色矮星を発見できることが期待できると述べている。