九州工業大学(九工大)と広島大学(広大)は12月7日、磁気メモリの小型化・超大容量化につながる技術として、電子のスピン(自転)が、らせん軌道を描く磁気構造中に、「キラルソリトン」を生成するパターンを30×1012乗(=30兆)個という膨大な数を用意することに成功したと発表した。
同成果は、九工大大学院の大学院工学府の大隈理央大学院生、同・大学院 工学研究院 基礎科学研究系の美藤正樹教授、広大 キラル国際研究拠点・大学院先進 理工系科学研究科の井上克也教授、大阪府立大学大学院 工学研究科の髙阪勇輔助教、福岡大学 理学部物理科学科の田尻恭之助教、岡山大学 異分野基礎科学研究所の秋光純特任教授、放送大学教養学部の岸根順一郎教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国応用物理学会の学術誌「Applied Physics Letters」に掲載された。
デジタル化が進む現代、情報量は増大の一途をたどっている。それに伴って記憶媒体が必要とされ、磁気メモリの小型化と大容量化が求められている。そうした背景を受け、近年になって活発化しているのが、磁性体中に、独自の幾何学的対称性を有する構造(トポロジカルオブジェクト)を作り込んで磁気デバイスに発展させようという研究だ。
トポロジカルオブジェクトは、らせん磁性体の中でも巻き方が右か左のどちらか一方である「キラル磁性体」中に生成される“360°回転のねじれ”であり、「ソリトン方程式」を満足させることから「キラルソリトン」と呼ばれている。ソリトンとは空間的に局在する孤立した波のことだ。通常の波とは異なり、形を変えずに伝播し、安定で変形しないという特徴を持つ。
キラルソリトンは、等間隔に並んだ格子状態(キラルソリトン格子)がエネルギー的に安定であること、ゼロ磁場でらせん磁性状態を有するキラル磁性体中で出現する点などが特徴だ。つまり、らせん磁気構造中に生成されるキラルソリトンを利用すれば、キラルソリトン数によりキラルソリトン格子の状態変化を記述できるのである。
キラルソリトン格子を磁気メモリに利用しようとした場合、いくつかの課題がある。そのひとつが、ソリトンを導入する過程である減磁過程において、表面バリア(キラルソリトンが試料表面から侵入する際に越える必要があるエネルギー)の影響で、各らせん軸に対して複数個のソリトンが雪崩式に流れ込む現象が起こり、磁化過程に離散的変化を生じてしまう点だ。これは、キラルソリトンを形成するパターン数が少なくなることを意味し、大容量メモリには使えないという。
また幅広い磁場領域でできるだけ多くの固有状態を用意する必要がある。ソリトン数を多くするには、らせん軸長を長くしなければならない。また、ソリトン数がロックされる状態を広い磁場域で安定化するには、逆にらせん軸長を短くしなければならないという課題もある。
共同研究チームはこれまで、典型的ならせん磁性体のひとつである「CrNb3S6」を用いてキラルソリトン格子の物性サイズ効果を詳細に分析してきた。単結晶試料のらせん軸長が数10μmの結晶から出発し、らせん軸長を小さくする試料加工を施しては精密な磁気測定を行ってきたという。
そこで今回は、らせん軸長を数10μmから3μmサイズまで一気に短くし、昇磁過程と減磁過程の磁化過程の違いを拡大させる方法が採られた。また、加工時に自然に発生する厚み分布を利用することで、雪崩式ソリトン導入が起こらないようにし、膨大な数のキラルソリトン格子のパターンを作り出し、しかもそれをある磁場領域で安定化させることに成功したのである。
今回、最終的に用意された試料はらせん軸長の平均が3μmであり、らせん軸長に垂直な平面のサイズが500μm×300μm。その結晶には1012(=1兆)本のらせん鎖が存在する計算になる。また、3μmのらせん軸には最大63個のソリトンが許容される。そして昇磁過程のソリトンを抜き出す過程と、減磁過程のソリトンを注入する過程で、同じソリトン数であってもそれらを実現する磁場に大きな隔たりを作り出したとした。
もっとも実際には、らせん軸に垂直にわずかに磁場を印加することで、らせん軸の両端のスピンは磁場方向にそろってしまい、磁気メモリに使用できるソリトン数は30個余りとなる。しかし、±0.3μm程度の分布によって表面バリアの効果が軽減されて雪崩式のソリトン注入がなくなり、各らせん鎖ごとに独立にソリトン注入が起きることが確認された。
つまり、1012本のらせん鎖が独立に、30パターンのキラルソリトン格子を実現するということであり、パターン数の合計は30×1012(=30兆)という膨大な数になる。
今回の実験では、このシナリオを支持する実験結果も得られたという。この研究成果は、トポロジカルオブジェクトを用いて、らせん磁気構造中に膨大な数の磁気定常状態を作り出すことができることを示したものとなる。共同研究チームでは、今回の成果で超大容量メモリの作製原理が明らかになり、その応用への道筋がついたとしている。
また今回の研究成果は、メモリのビット数を増やす方法とは異なり、結晶のキラリティを利用したアプローチであり、磁場方向を切り替える磁場を微調整させビット数を増やすというものだ。今後は、極薄試料の作製に加え、意図的に厚みにランダムネスを導入する工程を確立できれば、高度情報社会を支える次世代磁気メモリの容量を超大容量化も実現できるとしている。