日本原子力研究開発機構(JAEA)、東京大学、京都産業大学(京産大)は12月4日、強磁性半導体が常磁性状態から強磁性状態に変化していく過程を詳細に観察することで、原子レベルでの強磁性発現メカニズムを明らかにすることに成功したと発表した。

同成果は、JAEA 物質科学研究センターの竹田幸治研究主幹、東大大学院 工学系研究科の大矢忍准教授、同・Pham Nam Hai准教授(現・東京工業大学所属)、同・小林正起准教授、同・田中雅明教授、東大大学院 理学系研究科の藤森淳教授(現:名誉教授)、京産大 物理科学科の山上浩志教授らの研究チームによるもの。詳細は、米国応用物理学会誌「Journal of Applied Physics」にオンライン掲載された。

1998年の巨大磁気抵抗効果発見(2007年のノーベル物理学賞受賞)に始まるスピントロニクスは、電子の「電気を流す性質(電荷)」と「磁石になる性質(スピン)」を共に制御する技術である。スピントロニクスは、ハードディスクの小型化と高速化に貢献するなど、すでに我々の生活で実用化されている。

そして、次世代スピントロニクス材料として注目されているのが、「強磁性半導体」だ。強磁性半導体は、本来は非磁性の半導体に鉄やコバルト、マンガンなどの磁性を持つ原子(磁性元素)を混入させ、磁石(強磁性)の性質を新たに付け加えた、エレクトロニクスとスピンを融合させた物質といえる。

強磁性半導体の研究は、代表的な半導体であるガリウムヒ素に少量のマンガンを添加したガリウムマンガンヒ素において強磁性が発見されたことから発展してきた。ガリウムマンガンヒ素は現在でも強磁性半導体の中でも最も代表的な物質である。

また強磁性とは、ある温度(転移温度)より低温側で発現する現象であり、強磁性半導体を実用材料として利用するには、強磁性が室温で実現する必要がある。発見から20年以上経った現在においてもガリウムマンガンヒ素の強磁性転移温度の最高記録は-73℃にとどまっている状況だ。強磁性発現のメカニズムの解明は非常に重要で、研究者間で見解が分かれており、長年にわたる論争が続いているという。

そうした背景を受けて共同研究チームは今回、ガリウムマンガンヒ素が強磁性になるメカニズムを正しく知るためには、強磁性の担い手であるマンガン原子の3d軌道の電子が持つスピンに注目して、その磁化過程を観察することが必要であると考察。

そこで、円偏光しているX線に対する電子のスピンの応答の変化を活用した「X線吸収磁気円二色性測定」という実験手法が採用されるに至った。同測定法を用いて、元素と電子軌道のそれぞれについて選択的に磁性状態が観測され、マンガン・3d電子がどのように強磁性の性質を持ち始めるのかが分析された。なおこの実験には、高い強度を持つ円偏光X線が必要であるため、大型放射光施設SPring-8が利用された。

マンガンが4%添加された強磁性転移温度が65Kのガリウムマンガンヒ素試料について、X線吸収磁気円二色性の信号強度から求めたマンガン・3d電子の磁気モーメント(磁石としての強さと向きを表すベクトル量)のそれぞれの温度での磁場依存性を解析したところ、温度が下がるにつれて磁気モーメントが増大し、強磁性状態が強くなっていっていることが示されたという。

この測定結果については、弱い磁場で急激に立ち上がったあとは磁場に対して変化しない強磁性「FM(ferromagnetic)成分」、磁場に対して直線的に変化する「Linear成分」、磁場に対して曲線的に変化する超常磁性「SPM(superparamagnetic)成分」の3成分に分解されたうえで抽出された。

  • ガリウムマンガンヒ素

    マンガン濃度4%のガリウムマンガンヒ素のX線吸収磁気円二色性の温度・磁場依存性。●は実験結果が、実線は解析結果が示されている。左上の挿入図は強磁性転移温度直下の温度での磁性成分の分離の様子が表されており、3種類の磁性成分(FM、Linear、SPM)を足し合わせたものが実線の解析結果(フィッティング)となる (出所:JAEA Webサイト)

そして、それぞれの存在割合PFM、PLinear、PSPM(つまりPFM+PLinear+PSPM=1)の温度依存性も示された。注目すべき点は、PSPM成分の温度依存性だという。温度の低下にしたがって、強磁性成分PFMは予想どおり強磁性転移温度よりも低い温度から増加するのに対し、PSPM成分は強磁性転移温度よりかなり高い温度から増加し、強磁性転移温度付近で最大となったあと、PFM成分の増加に従い減少に転じているという。

  • ガリウムマンガンヒ素

    3種類の磁性成分それぞれの割合の温度依存性。温度の低下にしたがって、強磁性成分PFMは強磁性転移温度から増加するのに対して、超常磁性成分PSPMは強磁性転移温度よりかなり高い温度から増加し、強磁性転移温度付近で最大となったあと、PFM成分の増加に従い減少に転じていく (出所:JAEA Webサイト)

これは、強磁性転移温度よりも高い温度ですでにまばらにSPMをもたらす強磁性的な微小領域(SPM領域)が形成されていることを示しているという。そして、この傾向はマンガン濃度の違いから、強磁性転移温度が異なる別の試料においても共通であることも確かめられたとする。

この物質が強磁性になっていく過程を見ると、温度が低下するにしたがって、強磁性転移温度よりも高い温度で前駆的にまばらに形成されたSPM領域が、強磁性転移温度のところでお互い重なり合うことにより、全体として強磁性になっていく様子が、今回の研究結果から判明。今回観測された磁化過程は、理論的に予測されている磁気ポーラロンモデルでガリウムマンガンヒ素の強磁性発現のメカニズムがよく説明できることを強く示しているとしている。

  • ガリウムマンガンヒ素

    ガリウムマンガンヒ素の磁化過程の模式図。矢印はマンガン原子の磁気モーメントの向きが表されている。(a)強磁性転移温度よりも十分に低い温度。(b)強磁性転移温度付近の温度。(c)超常磁性(SPM)領域が発生する温度TSPM付近の温度。(d)TSPMよりも十分に高い温度。ピンクの領域では磁気モーメントの向きが揃っており、温度の降下とともにそれぞれが重なり合いピンクの領域が広がっている (出所:JAEA Webサイト)

強磁性半導体の代表的物質であるガリウムマンガンヒ素の強磁性発現機構についての正確な理解は、この物質の性能向上につながるだけでなく、まだ明らかになっていないほかの強磁性半導体の強磁性発現メカニズムを理解するうえでも重要な知見となるという。

さらに、今回の研究成果は、新規強磁性半導体の物質設計においても指針を与えるものと期待され、室温での強磁性を実現する強磁性半導体の開発とその社会実装を目指した研究に向けて重要な一歩となるとしている。