東京大学は12月6日、三菱電機、東芝デバイス&ストレージ、東京工業大学、明治大学、九州大学、九州工業大学と共同で、基板の裏面にもMOSゲート部を有する「シリコン絶縁ゲートバイポーラトランジスタ」(IGBT)を両面リソグラフィプロセスを用いて試作することに成功し、従来構造と比較して62%のスイッチング損失低減を実証することに成功したと発表した。
同成果は、東大生産技術研究所の更屋拓哉助手、平本俊郎教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、12月12~18日にオンラインで開催されるるIEEE International Electron Devices Meeting(IEDM)にて発表される予定だ。
半導体パワートランジスタは、パワーエレクトロニクスにおけるキーデバイスであり、電力変換に用いられるスイッチングトランジスタだ。パワートランジスタとしては、主に2種類のタイプのトランジスタが普及している。ひとつは、シリコンを材料とし、大電力を扱う「パワーMOSトランジスタ」。もうひとつが「IGBT」だ。IGBTも入力部にMOS構造を採用しているが、出力部は電子と正孔が伝導に寄与するバイポーラ型(パワーMOSトランジスタはユニポーラ型)で、MOSゲートによりキャリアの注入を制御することによる、比較的高速なスイッチング特性といった特徴がある。また、電子と正孔が電荷を打ち消し合うことで多くのキャリアをため込めることにより、抵抗を低くできる「伝導度変調」も起こせるので、それにより高電流の導通が可能となる。また高電流の導通に加えて高い耐圧を両立していることも優れた点のひとつだ。
このような特徴を持つことから、IGBTは家電製品や自動車、鉄道、産業機器などに広く用いられており、最も重要なパワートランジスタのひとつとなっている。
ところが、一般にシリコンIGBTは性能限界に近づいているとされている。パワーエレクトロニクスにおける電力変換効率をより向上させるため、電流密度が大きく、損失の小さなパワーデバイスが強く求められており、シリコンに代わる材料としてシリコンカーバイド(SiC)や窒化ガリウム(GaN)などを用いたトランジスタの研究開発が活発化している。
こうしたシリコンに変わる新たな材料でより高機能のパワーデバイスを実現する方向に対し、現行のシリコンIGBトランジスタの性能向上を図るという研究に一貫して取り組んでいるのが、平本教授らの研究チームである。シリコンIGBTの性能向上を実現できれば、現在のパワーエレクトロニクスにすぐに大きな波及効果をもたらせる可能性が高いだろう。
IGBTでは、集積回路を構成するMOSトランジスタとは異なり、電流は基板の上下方向に流れる点が大きな特徴だ。IGBトランジスタでは大電流をオン・オフ(スイッチング)させるために、MOSトランジスタのゲート部に相当するスイッチング機構がシリコン基板の上部に設けられている。このゲートに信号を入力することで、大電流のスイッチングを行っているのである。
ところが、IGBT特有の現象として、IGBTをオフにする際、基板内部にたまった電子と正孔を排出するのに時間がかかるため、中途半端にオフの状態で電流が流れ続け、電力を消費してしまう(損失が発生してしまう)という欠点があった。
基板の裏面にもMOSトランジスタのゲート部を設ければ、裏面からの正孔注入遮断および電子の排出を効果的に行うことができ、スイッチング損失が低減することは1990年代から提案されていたそうだが、それらはシミュレーションのみによる研究だった。製造可能なプロセスによる両面ゲートIGBTの試作とスイッチング損失低減の実証は行われていなかったのである。
今回の研究では、シリコン基板の裏面にMOSトランジスタのゲート部を作り込むため、大学のクリーンルームにおいて基板の両面にリソグラフィを行うことのできる環境を整えるところから始めたという。
3300V級の両面ゲートIGBTを試作したところ、裏面のMOSトランジスタも正常に動作することが確認された。両面ゲートIGBTとして動作させたところ、表のゲートと裏のゲートに入力するタイミングを調整することにより、表のみにMOSゲート部を有する従来IGBTと比較して、62%のスイッチング損失低減の実証に成功したのである。
今回の成果により、材料を変えずにデバイス構造を変えるだけで、現在主流のパワートランジスタであるシリコンIGBTの性能向上が今後も可能であることが示されたとするほか、パワーエレクトロニクスの電力変換効率の向上に寄与することから、増大する電力需要の抑制に貢献することが期待できるとしている。
また、両面ゲートIGBTの損失低減効果は耐圧が高いほど大きいことから、今回の研究は、シリコンではこれまで困難と考えられていたより高耐圧のパワートランジスタの領域(1万V以上)へシリコンの可能性を拓く成果といえるともしている。