水素・燃料電池研究機関を多数有する山梨県
急激な気候変動により、これまでに類のない異常気象が世界各地で生じるようになっている。その大きな要因とされるのが人間の社会活動にとって排出される温室効果ガスの増加である。2020年10月に行われた菅首相の所信表明演説で「2050年までに、温室効果ガスの排出をゼロとし、脱炭素社会の実現を目指す」と宣言したことでも話題となった。
温室効果ガスとしてわかりやすいのが二酸化炭素(CO2)だ。いわゆる脱炭素社会に向けては、その使用過程でCO2が発生しないことや安定供給が可能であることから水素が注目され、水素を燃料とするトヨタの「MIRAI」などがすでに販売されるなど実用化も進んでいる。
そうした脱炭素社会の実現に向け、山梨県では水素・燃料電池関連産業の集積地「やまなし水素・燃料電池バレー」の実現を目指し、関連産業の集積・育成や、普及啓発活動などさまざまな取り組みを行っている。
11月下旬、同県は、県内の水素・燃料電池関連の研究開発拠点から3拠点をメディアに公開、水素・燃料電池バレー実現に向けた活動についての説明を行った。
最初に紹介されたのは、水素と酸素の化学反応によって発電した電気エネルギーを使用して走る燃料電池車両(FCV)「Moving e」の給電デモンストレーションである。
Moving eはトヨタ自動車の燃料電池バス「CHARGING STATION」と、本田技研工業(ホンダ)の可搬型外部給電器「Power Exporter9000」、可搬型バッテリー「LiB-AIDE500」ならびに「Honda Mobile Power Pack」、そしてモバイルパワーパックの充電・給電器「Honda Mobile Power Pack Charge & Supply Concept」で構成されており、燃料電池バスで生み出された電気をバッテリーに移すことで、電気製品に給電を行い、電力の供給が不安定な場所にも電気を届けることを可能とするソリューション。例えばバス一台(給電機含む)で50人規模の避難所であれば3日分程度の電力を賄えるとしている。
すでにトヨタとホンダは災害時の電力供給利用に向けた実証実験を行っており、実際に2019年に発生した台風15号によって引き起こされた停電時には老人ホームなどで活用された実績がある。
トヨタとホンダは、日常時にも活用することで、非常時にも役立てることができるという“フェーズフリー”の考え方のもと、イベントなどでも活用していきたいとしており、今回のデモもその一環であるという。
国内唯一! 実環境下での水素ステーションの技術開発施設「水素技術センター」
前出のMoving eのようなFCVも、ガソリンスタンドのように手軽に水素の供給を受けられる場がなければ普及は難しい。
水素供給インフラの問題解決のため自動車や機器メーカーなど45社2団体によって設立された、一般社団法人 水素供給利用技術協会(HySUT)が新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業で2017年に開設した、山梨県甲府市にある「水素技術センター」(HTC)では水素ステーションの普及に向けた技術研究を行っている。
2020年11月末時点で、日本には135か所の商用水素ステーションがあるが、HySUTは、2025年までに現在の2倍までに増やすことを目標としており、HTCでは水素ステーションの増設に向けた設備仕様の見直し検討のための試験やFCVを利用した連続充填耐久試験を行っている。
設備としては、水素ガスを受け入れるためのカードル、充填を行うための圧縮機、蓄圧機、ディスペンサーを備える。
研究と人材育成を担う、山梨大学燃料電池ナノ材料研究センター
2008年にNEDOの事業として山梨県の支援のもと甲府市内に設立された「山梨大学燃料電池ナノ材料研究センター」。
同センターは、電解質材料を観察するために特注した電子顕微鏡など、独自の設備を備えており、燃料電池のコンパクト化、高効率化、耐久性などにかかる、電極触媒や電解質膜なといったコア技術から応用まで、幅広い研究が行われている。
同センターでは研究だけでなく、「燃料電池関連製品開発人材養成講座」を開設。基礎からシステムの組立実習までを一貫して行うことで、企業などで燃料電池に携わる人材の育成を図っている。また、研究・育成だけでなくエコシステムの構築に向け、県内3企業との共同研究も行っている。
同センターの飯山明裕センター長は、「燃料電池の実装には、産学官連携が要となる。その中でも当センターはアカデミアの立場からの人材育成に力をいれており、今後は山梨県との連携を深めつつ、サプライチェーンの構築に尽力したい」と、燃料電池の普及拡大に向けた中軸となるべく抱負を語る。
太陽光を用いた水素製造から、運搬、販売までの実証を行う米倉山太陽光発電所
実は日本には水素は豊富に存在している。H2O、つまり水が豊富であるという意味だ。ビーカーに貯めた水に電極を入れ、電気分解で水素を生じさせる、といった実験を行ったことがある人も多いだろう。この電気を太陽電池などの再生可能エネルギーで生み出し、水から水素を製造し、貯蔵および利用を行うPower to Gas(P2G)システムの実証研究を行っているのが米倉山太陽光発電所だ。
実証研究は、山梨県と東京電力の共同事業である面積12.5ha、年間発生電力1,200万kWhの「米倉山太陽光発電所」と実証試験用の「米倉山実証用太陽光発電所」、そして次世代エネルギー啓発施設「ゆめソーラー館やまなし」で構成されており、これらが連携して、太陽光によって生み出された電力を基に水電解装置で水を水素と酸素に分解、水素を貯蔵し、その貯めた水素の運搬まで行われている。
同施設で製造した水素の商業・工業施設への供給は実証段階まできており、山梨県、長野県、静岡県で47店舗を展開するスーパー「オギノ」では、一店舗に燃料電池2機を設置し、レジの照明などで実際に活用しているという。
これらの研究施設について、長崎幸太郎 山梨県知事は「山梨県の水素燃料電池研究は日本で最先端だと思っている。海外からの注目も高く、官民一体となって最先端の研究を行っている。その取り組みをもっと知ってもらえたら」と述べ、今後も山梨県が日本の、ひいては世界の水素燃料電池研究をリードしていく姿勢を強調していた。