神戸大学は11月26日、肥満の原因として、現在の個人の社会経済的な状況のほかに、子供時代の経験、特に被虐待体験が関わっていることを、2万人を対象としたアンケート調査(最終有効数5425件)に基づく研究で明らかにしたと発表した。

同成果は、同大学大学院 医学研究科 健康創造推進学分野の田守義和特命教授らの研究チームによるもの。詳細は、米オンライン科学誌「PLoS ONE」に掲載された。

肥満は過食・運動不足といった生活習慣を背景に世界中で増加しており、日本もその例に漏れない。日本人成人男性の約3人に1人、女性では約5人に1人が肥満という状況である。肥満は2型糖尿病、脂質異常症、高血圧、心臓病、脂肪肝、脳梗塞、睡眠時無呼吸など、さまざまな疾患の原因となり健康寿命を縮めてしまう。

肥満は生活習慣と深く関連するが、個人の持つさまざまな社会的背景も肥満に影響することが、海外の研究者によって報告されている。個人の持つ社会的背景と肥満との関連が明らかとなれば、肥満の予防や対策の推進に大きく寄与すると考えられるという。しかし、日本国内の調査研究についてはこれまであまり実施されてこなかった。海外とは人種的・文化的な背景の差もあるため、日本国内の調査に基づいた肥満と社会的背景の関連の解明が求められていたのである。

神戸市は市民の健康状況を把握するため、2018年に20歳以上65歳未満の市民2万人を対象に、生活状況や健康課題に関するアンケート調査を実施した。田守特命教授の研究チームは、このアンケート調査の有効回答のうち、今回の研究へのデータ利用許可を得た5425件の結果をもとに、「万病のもと」といわれる肥満がどのような個人の生活背景と関連するかの検討を実施した。

肥満の割合は女性(10.6%)よりも男性(27.2%)に多く、これは日本全体での傾向と同じだった。肥満と関連する社会生活背景について検討したところ、女性では、肥満者と正常体重者の間で、雇用状況、世帯の経済的状況、学歴、中学高校時代のクラブ活動、15歳のときの経済的な状況、子供時代の逆境経験といった項目で差があることが判明した。中でも肥満の成立に影響すると予測されたのが、婚姻状態、世帯の経済的状況、学歴、子供時代の逆境経験であったという。

  • 肥満

    肥満に対するリスク比(女性)。グラフ内の項目すべてに統計学的な差が認められた (出所:神戸大学Webサイト)

一方、男性では調査したいずれの項目でも統計学的な差がなかったという。

  • 肥満

    肥満に対するリスク比(男性)。すべての項目で統計学的な差は認められなかった (出所:神戸大学Webサイト)

子供時代の逆境体験の具体的な内容としては、親からの身体的暴力、食事や衣服を適切に与えられないこと、親からの侮辱や暴言によって心が傷ついたこと、などが挙げられたとした。

  • 肥満

    「子供時代の逆境」の肥満リスク比詳細。女性では肥満への関連は「両親からの虐待」のみ統計学的な差が認められた (出所:神戸大学Webサイト)

今回の研究で、肥満自体は男性に多いものの、女性では肥満の発症に個人の生活背景が深く関わっていることが明らかとなった。特に、子供時代の被虐待体験が成人女性の肥満と関連することが示されたのは日本においては初めてとなる。

海外では、子供時代の被虐待経験(肉体的、精神的、性的虐待、ネグレクト)が成人後の肥満だけでなく、喫煙習慣の増加など、全般的な不健康状態に繋がることが報告されている。虐待を経験すると、脂肪や糖質の多い、口当たりの良い食べ物に対する依存が起きやすくなったり、ストレスを受けたときに過食に走りやすくなったりすると考えられている。

先進国においては、女性では、収入や学歴などの社会・経済的な状況が肥満と関連すると報告されていた。今回の研究では、日本の大都市のひとつである神戸でも、女性の肥満は社会経済的な背景と関連することが確認された形だ。

肥満は従来、食べ過ぎや運動不足が主な原因で、その根底には、個人の努力不足や意志の弱さがあるという視点で捉えられがちだった。しかし女性においては、個人の置かれた社会的背景も肥満の成り立ちに関連していることが示され、肥満対策においては、社会的な観点からの介入も重要なことが明らかとなった。

日本では児童の虐待相談件数が増加しているといわれている。児童虐待に対する取り組みの強化などを通じて、児童福祉の増進を図ることは、肥満の予防にも繋がる可能性が示されたといえるだろう。

また田守特命教授は、「体重に関する感じ方には男女で差があり、女性は男性に比べ、“痩せ”を“美や健康”と結びつけやすい傾向があります。“美や健康”の追求のためには、社会経済的な余裕が必要であるため、社会経済的要因は女性の肥満により強く影響を与える可能性があります。また小児期の生育環境は、社会経済的要因とは別に、ホルモン分泌などの“体の変化”(生体機能変化)を通じて、“肥満しやすさ”を生む可能性があります。このような変化の実態は明らかではありませんが、その影響が男女間で異なることもあり得ると考えられます」とコメントしている。