国立天文台は11月26日、約20年をかけて実施されてきた天の川銀河の3次元立体地図を作る「VERAプロジェクト」により観測された成果のひとつとして、99天体(そのうちの初公開は21天体)の精密な測量データを公開したことを発表した。また、VERAで観測したデータとほかの研究チームによる観測データと組み合わせ、天の川銀河の基本的な尺度をより高精度に決定し、太陽系から銀河中心までの距離は約2万5800光年、太陽系の位置における銀河系の回転速度は秒速約227kmと測定したことも合わせて発表した。

同成果は、国立天文台水沢VLBI観測所と、鹿児島大学理工学研究科天の川銀河研究センターの共同研究チームによるもの。またこれまでのVERAの観測では、国内外の計23の大学および研究機関から計87名の研究者が参加した。詳細は、2020年8月に出版された「日本天文学会欧文研究報告」のVERA特集号で10本の論文として発表され、99天体の公開データはそのうちの1本で取り扱われている内容だ。

VERAとは、VLBI(Very Long Baseline Interferometer) Exploration of Radio Astrometryの略で、ラテン語では「真実」を意味するという。岩手県奥州市(水沢局)、鹿児島県薩摩川内市(入来局)、東京都小笠原村(小笠原局)、沖縄県石垣市(石垣島局)の4か所に設置された直径20mの電波望遠鏡からなる超長基線電波干渉計(VLBI)を組み合わせた「位置天文観測」だ。4施設の電波望遠鏡のデータを組み合わせることで、最も距離の離れている2施設である水沢~石垣島間の約2300kmが直径となる電波望遠鏡を実現したのに等しい。

  • VERA

    VERAを構成する国内4か所にある電波望遠鏡 (C)国立天文台 (出所:VERA Webサイト)

VERAは高精度の観測により、天体までの距離や運動を精密に計測することを目的とする。それ以外にも電波望遠鏡ならではの星の形成や進化、銀河中心の大質量ブラックホール「いて座A*(エースター)」や超高速ジェットなどの研究にも用いられている。中でも、天の川銀河内の電波天体の距離と運動を高精度で計測し、天の川銀河の3次元立体地図の作製を最大の目標としている。

VERAプロジェクトは1990年代に始まり、電波望遠鏡の建設は2000年7月からスタート。最初に水沢局が2001年10月に、そして最後に石垣島局が2002年6月にファーストライトを迎え、4局体制での運用が始まった。そうした中、鹿児島大学は1990年代の計画策定当初から国立天文台と協力態勢を取っており、入来局の共同運用も行っている。今回公開された99天体のうちの28天体の位置天文観測データは鹿児島大学が担当した。

20年という時間は長い。その間にVERAプロジェクトで収集されたデータは膨大で、位置天文観測のためには、それをどう高速かつ精確に処理できるかということが課題だったという。この課題解決のため、VERAデータ解析チームは、専用ソフトウェア「VEDA(ベーダ)」を開発。VEDAによって解析の自動化が進み、数多くの天体の距離計測を行えるようになったという。観測データの取得後も解析やその精度評価などに多大な時間がかかるところがVLBIによる観測の難点であり、その解消が行われた。

そして、20年にわたって観測技術や較正方法を改良し続け、位置天文観測精度が高められた結果、世界トップレベルの天体位置測定精度である10マイクロ秒角(=3億6000万分の1度)を実現。これは、地球から月面に置かれた1円玉を観測したときの見かけの大きさに相当するという。

この精度を達成したことで、3万光年を超える天体の距離測定に成功し、これまでにない広大な領域での天の川銀河の地図作りが可能となったとしている。なお、水沢局の天体位置測定は120年にも及ぶ歴史があり、1902年当時は精度が20ミリ秒角。約120年間に2000倍も向上したことになる。その実現には、世界初の2ビーム同時受信システムを導入したり、大気の揺らぎによる位置計測誤差の手法を確立するなど、さまざまな改良や新技術などが加えられた。そして、VERAは2020年現在、10マイクロ秒角という高精度で観測を行っているのである。

VLBIによる位置天文観測は、天体までの距離を計測(=年周視差を計測)する必要があるため、最低1年の時間を要する。年周視差による距離の計測とは、宇宙スケールの三角関数の応用だ。たとえば春分の日と秋分の日に同一の恒星を観測すると、底辺を3億km(太陽~地球間の2倍)とし、目的の恒星を頂点とする三角形を形作ることができる。頂点の角度が定まれば、底辺の長さはわかっているので、太陽からその恒星までの三角形の“高さ”、つまり距離が求まるというわけである。

この年周視差の角度は、遠くの恒星になるほど当然ながらわずかな角度となる、3億kmの底辺は光年単位に比べればあってなきがごとしで、とてつもなく細長い三角形となる。そのため、頂点の角度を求める年周視差の測定精度が上がってはじめて、それだけ遠くの恒星までの距離を正確に求められるようになるのである。

今回測量データが発表された99天体は、VERAによってこれまでに観測された天体で、「VERAカタログ論文第一版」として発表された。VERAと欧米の研究チームを併せると、224天体の測定結果があり、その半数がVERAの成果だという。

また、VERAはより広い範囲の多くの位置天体観測を実施した結果、銀河中心から螺旋を描くように伸びる腕に沿って天体が分布していることが明確となり、天の川銀河が複数の腕を持つ渦巻銀河(より正確には、中央部に棒構造を持つ棒渦巻銀河)としての姿がはっきりと捉えられたとしている。

さらに、多くの銀河と同様に、天の川銀河も中心付近の恒星も外側の恒星もほぼ一定の速度で回転していることも明確となった。このことは、ほかの銀河と同様に、天の川銀河の外側にも大量のダークマターが存在するというこれまでの知見を肯定する結果となったとしている。

そして、224天体のうち、天の川銀河の腕に存在し、ともに回転していると考えられる189天体の位置天文観測データについて、シミュレーションによる計算結果と詳細な比較が行われた。その結果として、天の川銀河の基本的な尺度である銀河中心から太陽系までの距離を2万5800±1100光年(2万4700~2万6900光年)と算出したことが発表された。

この距離は、1985年の国際天文学連合の推奨値である約2万7700光年よりも短い。しかし、今回の結果は年周視差に基づいた信頼の高い測定値であり、従来の基本尺度に対して改訂を迫るものだという。

なお、2019年に銀河中心のいて座A*の周囲を巡る天体の軌道解析が行われた際には、銀河中心~太陽系間の距離が2万5800~2万6600光年と推定された。今回の2万5800±1100光年とよく一致しており、近い将来、国際天文学連合の推奨値が書き換えられる可能性があるだろう。ちなみにこの値は、いて座A*が銀河回転の力学的な中心に位置することを示唆しているという。そしてVERAは現在、いて座A*の距離測定に挑んでいるとしている。

それに加え、太陽系の位置における銀河回転速度(太陽系が銀河中心を公転する速度)も求められた。こちらは、秒速227±11km(秒速216~238km)を誤差5%の精度で決定することに成功したという。時速だと、81万7200km(時速77万7600~85万6800km)である。この速度であっても天の川銀河を1周するのにおよそ2億年かかるとされ、宇宙は広大であることがわかる。

VERAによる世界最高クラスによる精度での位置天文観測はこれからも引き続き行われ、天文学において重要な役割を担うことが期待されているという。今後は、人工衛星も加えた位置天文観測とも協力し、上述したようにいて座A*のようなより重要な天体の高精度な位置天文観測を推進する計画としている。

さらに、韓国と中国との東アジアVLBIネットワーク(EAVN:East Asian VLBI Network)においても、VERAは引き続き中心的な役割を担うことが要望されているとする。そして、EAVNの拡張による高感度化・高解像度化も見据え、2020年代は位置天文観測にとどまらず、さまざまな天体や科学的テーマを対象とした新たな観測計画への発展を目指して、VERAの4局を活用した研究を引き続き推進していくとした。

  • VERA

    VERAを含むVLBI観測で得られた224天体の分布(色のついた矢印)と天の川銀河の渦巻き構造の想像図(背景の画像)。同じ色の矢印で表されている天体は、同じ腕に所属している。従来の想像による渦巻き腕(想像図とそれに重ねて描かれた黒い曲線)と、今回の直接観測による渦巻き腕に沿った天体の分布や回転運動がよく一致していることが明らかになった (C)国立天文台 (出所:VERA Webサイト)