東京大学は11月7日、鉄系超伝導体のひとつである「FeSe0.79S0.21」において、極低温超高分解能レーザー角度分解光電子分光装置を用いて超伝導状態にある電子を直接観測した結果、超伝導がクーパー対の「ボース・アインシュタイン凝縮」によって実現している確証が得られたと発表した。
同成果は、東大物性研究所の岡﨑浩三准教授、東大特別教授室の辛埴特別教授、東大大学院新領域創成科学研究科の芝内孝禎教授、京都大学大学院理学研究科の松田祐司教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米科学誌「Science Advances」に掲載された。
超伝導は、電気抵抗がゼロになることから損失のない送電を可能とし、もし実現すれば社会を一変させることは間違いない。たとえば送電線に利用すれば、発電所から家庭までの間の電力ロスを減らせる。また、現在のバッテリーのように化学の力を利用しなくても、電気を直接保存できるようにもなる。コンピューターの性能も向上することが期待されている。
しかし残念ながら、大気圧下で超伝導が実現している温度は-140℃を上回った程度であり、常温超伝導の実現にはまだまだ遠いといわざるを得ない。そのため、より高温で超伝導現象を起こす物質の開発が求められている。
常温超伝導の実現には、超伝導現象のより深い理解が必要だ。通常、超伝導現象はバーディーン・クーパー・シュリーファーの3人によって確立されたBCS理論によって理解されてきた。同理論では、「フェルミ面」を構成するバンドを占有する電子の個数に対応するエネルギーである「フェルミエネルギー」が大きいほど、物質が超伝導状態に転移する温度が高くなると考えられている。
しかし、BCS理論とは異なる仕組みである、ボース・アインシュタイン凝縮による超伝導も実現し得るという理論的な提案がなされていた。ボース・アインシュタイン凝縮による超伝導は、同じフェルミエネルギーの大きさでも、BCS理論から期待される超伝導転移温度と比べてより高くなると期待されている。より高い温度での超伝導実現にも繋がると考えられることから実現が待ち望まれているが、これまで理論提案のみで実際には観測されていなかった。
実験手法の「角度分解光電子分光」を用いると、物質中の電子が持つ運動量とエネルギーの関係である、エネルギーバンドの分散関係(バンド分散)を直接観測することが可能だ。超伝導状態にある電子のバンド分散を観測することで、BCS理論に基づいた超伝導状態にあるのか、ボース・アインシュタイン凝縮による超伝導状態にあるのかを区別することができるという。
そこで研究チームは今回、これまでにもボース・アインシュタイン凝縮による超伝導が実現しているのではないか、といわれてきた物質「FeSe1-xSx」の測定を実施。同物質は「セレン化鉄(FeSe)」のセレン原子(Se)の一部を硫黄原子(S)に置換したものである。
FeSe1-xSxの超伝導を実験的に確かめるには、超伝導状態にある電子のバンド分散を観測する必要がある。しかし、超伝導転移温度が4~10K(-269~-263℃)程度と低温であるため、電子の運動量とエネルギーの測定が難しく、精密さが要求されることが大きなハードルだ。そこで用いられたのが、このような目的のための実験装置として岡﨑准教授らが開発し、現在、世界最高クラスの性能を有するとされる「極低温超高分解能レーザー角度分解光電子分光装置」だ。
今回、同装置を用いて、FeSe1-xSxにおける超伝導状態にある電子のバンド分散を直接観測。その結果、セレン原子を21%の割合で硫黄原子に置換した「FeSe0.79S0.21」において、同物質における超伝導が、ボース・アインシュタイン凝縮によって実現していることが確認されたのである。
さらに、セレン化鉄では、電子が液晶のような性質を持つ「電荷液晶状態」と呼ばれる状態にあることがわかっており、同状態と超伝導状態の関係についての研究も進められている。この「電荷液晶状態」は、セレン原子を硫黄原子に置換することで消失するが、今回「電荷液晶状態」が消失することによって、ボース・アインシュタイン凝縮による超伝導が実現することも確認された。「ボース・アインシュタイン凝縮による超伝導状態が電荷液晶状態によって制御されている」と考えられることがわかったとしている。
今回の研究成果で観測されたボース・アインシュタイン凝縮による超伝導は、より高い温度での超伝導実現にも繋がると考えられていることから、今後のさらなる研究によってそれが実現することが期待されるとした。