東京大学、理化学研究所(理研)、日本原子力研究開発機構(JAEA)、上智大学、日本大学、宇都宮大学の6者は11月5日、ある陽子数に対し、取り得る中性子数が最大の原子核(ドリップライン)を決定するメカニズムに関して、旧来のものとは異なる新たなものを提案し、それがフッ素(F:陽子数9個)からマグネシウム(Mg:陽子数12個)のアイソトープのドリップラインを記述することを示したと発表した。

同成果は、東大の大塚孝治 名誉教授(理化学研究所仁科加速器科学研究センター 核分光研究室 客員主管研究員/日本原子力研究開発機構 先端基礎研究センター 客員研究員)、東大原子核科学研究センターの角田直文 元特任助教、同・清水則孝 特任准教授、上智大理工学部の高柳和雄 教授、日大文理学部の鈴木俊夫 特任教授、JAEA先端基礎研究センターの宇都野穣 マネージャー兼主任研究員、宇都宮大学 大学教育推進機構基盤教育センターの吉田聡太 特任助教、理研 仁科加速器科学研究センター 核分光研究室の上野秀樹 室長らの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」に掲載された。

原子核は陽子と中性子によって構成されるが、陽子の個数が変わると原子が変わってしまうのに対し、中性子の個数には幅がある。例えば最も軽い原子である水素(H)を例に取ると、水素原子核は陽子1個だけだが、重水素の原子核は陽子と中性子が1個ずつ、三重水素は陽子1個と中性子2個という具合だ。このように、陽子の数が同じなので同じ原子ではあるが、中性子の数が違う原子核のことをアイソトープ(同位体)といい、中性子の数が違う原子核同士は“アイソトープ(同位体)の関係にある”という。水素の場合、水素、重水素、三重水素は皆アイソトープの関係だ。

ひとつの原子核に収められる中性子の数はこのように幅があるが、もちろん限界は存在する(ひとつの原子核に収められる陽子の数も限界はある)。陽子の数はZ、中性子の数はNと表され、今回の研究では、あるZに対してNがどこまで大きくなれるかの調査が行われた。中性子を加えていった場合の限界を探り出し、それを決めるメカニズムの解明への挑戦が進められている。

ちなみに、陽子数を1個(水素)から8個(酸素:O)までの範囲で変化させた場合の、それぞれの中性子ドリップラインはすでに判明しており、その基本メカニズムも理解されている。そのメカニズムは伝統的なもので、「原子核は中性子の入れ物」という考え方をする。その入れ物には中性子数の「定員」があり、それを越えた原子核は存在しない、というものである。

このことを説明したのが「核図表」だ。Z=8の酸素のアイソトープ(水平の太い破線上)ではN=5から16まで、永久を示す黒、または極めて寿命が長い安定(原子)核を示すオレンジの四角で表示され、安定核は300種程度あると考えられている。

  • 中性子ドリップライン

    核図表の一部(水素から硫黄まで)。横軸は中性子数(N)を表し、縦軸は陽子数(Z)=原子番号である。四角は原子核を表し、黒は安定原子核、オレンジはエキゾチック原子核だ。枠だけの四角は、非束縛(存在しない)であることが実験的に確認されたもののうち、今回の研究に直接関係あるもの。Z=8の酸素のアイソトープ(水平の太い破線上)を見ると、N=5からN=16までがあり、N=16がドリップラインだ。フッ素(F)、ネオン(Ne)、ナトリウム(Na)のドリップラインは赤い四角で示されている。マグネシウムのドリップラインは実験で確かめられていないため、理論予言であることからピンクとなっている (出所:東大Webサイト)

もうひとつのオレンジはある寿命が経つと、放射性崩壊(アルファ崩壊やベータ崩壊など)により別の原子核に転換されるエキゾチック(原子)核である。エキゾチック核の代表的なものが、ウラン235やプルトニウム239といった核分裂物質だ。エキゾチック核の間は放射性崩壊を繰り返し、最終的には安定核となる。

エキゾチック核は1万種近くあると考えられているが、身の回りで触れられる物質は安定核でできており普通はまず見られない(天然のエキゾチック核も極微量だが周囲に存在はする)。そのため、エキゾチック物質と呼ばれているのである。

酸素のアイソトープは右端のN=16がドリップラインだ。中性子数を17個以上にしようとしても、17個目は余分な中性子として原子核から叩き出されてしまい、N=17の酸素アイソトープは存在しない。N=18、20の酸素アイソトープを作ろうと試みて17個以上が存在できないことは確認されている(核図表中では枠のみとして示されている)。

N=16がドリップラインになるメカニズムだが、原子核は中性子の入れ物であり、そこに16個までは入れるが、それ以上はあふれてしまうため、17個入った原子核は存在しないというものとなる。

今回の研究では、酸素より原子番号が大きいフッ素(F:Z=9)、ネオン(Ne:Z=10)、ナトリウム(Na:Z=11)、マグネシウム(Mg:Z=12)でのドリップラインが調査された。その結果、これらの原子においては、従来の考えでは成り立たず、別の新たなメカニズムが現れることが示されたとする。

その新しいメカニズムというのが、原子核の形の変形と結び付けられた考え方で、中性子数が少ない場合は、原子核は球形だが、中性子数が増加していくと、核力の効果で原子核が球形から楕円体へと変形していく。そして同時に、結合エネルギーが増大するという。これは原子核のエネルギーが下がることを意味すると研究チームでは説明している。

  • ドリップライン

    原子核の中性子ドリップラインを決めるメカニズム。(左)従来のもの。おおむね、水素から酸素までの中性子ドリップラインに当てはまる。(右)今回の研究で示された新しいもの。陽子数が酸素よりも多い、フッ素からマグネシウムまでの原子核を念頭にした模式図だ (出所:東大Webサイト)

中性子数をさらに増やすと、変形度もそれに連れて大きくなり、エネルギーはさらに下がる。エネルギーが下がるとそれだけ安定性が増すので、中性子を加えた原子核は加える前よりもさらに安定で存在するのだという。このように、エネルギーが下がり続ける限りは、中性子を追加することが可能だ。ただし、もちろん限界はある。原子核が楕円体として際限なく変形することはできないからだ。ある個数で最大の変形度に達する。

その限界を超すと、変形は弱まり、エネルギーも下がらなくなるという。ほかの効果で多少の“延命”を得ても、そのあたりの中性子数でエネルギーは上昇に転じる。エネルギーが上昇すると、中性子数を増やしても安定度は増さないので、元のままの方がよく、中性子17個以上の酸素原子核が存在しない、という状態になるのである。今回の研究では、このように、原子核の存在限界は変形度の変化(形の進化ともいう)によって基本的に決まる、というのが結論である。

この新しいメカニズムについて、実際の原子核の研究で使われている理論計算を用いて実証が行われた。計算は、すでに「富岳」に道を譲った「京」などのスーパーコンピュータを用いた大規模シミュレーションによって遂行された。そうして得られた結果のうち、実験データがあるものはよい一致を示したという。

理論計算の完成度の高さと実験による検証は、今回の研究の高い信頼性を表しているとする。特にどの理論でも再現不可能とされていたMg-40の励起エネルギー準位が、新しいメカニズムでは何の特別な操作もなく再現できていることが注目に値するとしている。

また、最近実験的に明らかにされたFとNeのドリップラインは、理論計算で再現されたほか、実験的にほぼ確かと信じられているNaのドリップラインも、理論計算で同じ結果を得られたという。ただしMgのドリップラインに関しては、実験がまだそこまで到達していないため、今回の理論計算による理論的な予言であることから、将来の実験で回答合わせをする形になる。

今回の研究では、結合エネルギーへの寄与が独自の視点から分析され、変形効果の増減とドリップラインの関係が見出された。この分析は今回の研究の第一原理的な性格があって初めて十分な意味を持つものだという。

また、その結論の要素のひとつとして、有効核力のモノポール成分と変形を起こす四重極成分の絡み合いの重要性も指摘されているとした。つまり、これは一粒子自由度と集団運動的自由度の絡み合いの現れと考えることができるものだとしている。また、それがドリップラインにも関係しているという理解が得られた意義も大きいとする。

  • ドリップライン

    (左)原子核の基底状態エネルギーをフッ素、ネオン、ナトリウム、マグネシウムのアイソトープに対して示したもの。横軸は中性子数、縦軸はエネルギーでありMeV単位で示されている。黒い点は実験データ。理論計算値はその起源によって色分けされており、赤い部分の最下部が全体の合計でもある。それは紫の線で示されており、理論計算値の合計である。理論値と実験値のよい一致が見られる。赤い矢印はドリップラインが示されている。エネルギーを定量的に測定する実験の方が、原子核の有無を決めるドリップライン決定の実験よりも難しいので、赤い矢印と黒い点は離れていても問題はないという。(右)ネオンおよびマグネシウムのアイソトープの励起エネルギー準位の理論値と実験値の比較。スピン・パリティが2+および4+である第1励起状態に対して示されている。横軸は中性子数、縦軸は励起エネルギーがMeV単位で示されている (出所:東大Webサイト)

今回の研究成果である基本メカニズムは、陽子数(Z)がさらに増えると、旧来のメカニズムに取って代わることもあり得るという。Zの増大とともにふたつのメカニズムが交互に現れることも想定されており、現在と将来の理論、実験の研究に大きなインパクトを与える可能性もある。

さらに、今回の成果の学際的応用のひとつとして、宇宙での元素合成過程が挙げられるという。中性子星合体や超新星爆発では、中性子が一時的に大量に生成され、そこにある原子核はそれらの中性子を多量に吸収する。この反応は「中性子捕獲」と呼ばれ、ベータ崩壊により一部の中性子は陽子に変わるものの、この中性子捕獲こそが重い元素ができるのに欠かせないプロセスだ。

中性子捕獲により、原子核は核図表上を右斜め上向きに動く(中性子の数が増す)。しかし、ドリップラインの先には原子核はないので、それは絶対に越えられない。つまり、中性子捕獲はドリップラインでストップするので、今回の研究で示されたメカニズムやその帰結は、宇宙での元素の創成にも深く関わるのだとしている。