順天堂大学は11月5日、世界クラスの日本人体操競技選手の脳に、常人にはない特徴的な構造があることを明らかにしたと発表した。
同成果は、同大学スポーツ健康科学部の福尾誠非常勤助教、同・大学院スポーツ健康科学研究科の和氣秀文教授、同・内藤久士教授、同・医学研究科放射線診断学の鎌形康司准教授、同・青木茂樹教授、同・脳神経外科学の丹下祐一准教授、同・菅野秀宣先任准教授らの研究チームによるもの。詳細は、「The Journal of Physiological Sciences」にオンライン掲載された。
近年、国内外における体操競技への関心の高まりとともに、体操競技に関する研究報告が増えているが、その多くは技に関する調査や指導方法に焦点が当てられたものであり、体操競技選手の医科学的特性についてはほとんど調査されていないという。
また、近年のMRI技術の発展により、スポーツ活動時における脳のさまざまな領域の活性化やトレーニングがもたらす神経系への効果に関する研究が注目されているが、体操競技に着目した報告はほとんどないのが現状だ。
体操競技は筋力、スピード、パワー、柔軟性、バランス機能、巧緻性(巧みに身体を操作する能力)など、体力要素を最大限に活用し、アクロバティックな身体活動を競う競技であることから、非日常的な動作を伴うため、脳の構造と機能には特殊性があると予想されていた。
そこで今回、研究チームは世界クラスの体操競技選手の高度な技術を支える神経基盤を明らかにすることを目的に、世界大会で入賞歴のある現役日本人体操競技選手10名と体操競技経験がない健常者10名を対象として、脳の構造と機能についての比較解析を実施した。
脳の撮像に用いられたのは、高解像度画像を得ることができる磁場3TのMRI。それを用いて脳の高分解3次元T1強調像が撮像された。T1強調像とは、MRIで得られる画像の一種で、一般的に水が黒く低信号、脂肪が白く高信号で描出され、脳の解剖学的な構造を判断しやすいのが特徴だ。
そして、MRI画像データを用いて脳の形態を解析する手法のひとつである「Volume-basedmorphometry法」を用いて、競技選手と競技経験の健常者の脳灰白質体積の比較が実施された。同時に、競技成績(Dスコア)と、脳灰白質の体積との関連についての解析も行われた。なお脳灰白質とは、脳の中でも神経細胞体が集まっている部位のことである。
その結果、体操競技選手群では、対照群(競技未経験の健常者)に比べて、下頭頂小葉、中側頭回、中心前回、吻側(ふんそく)中前頭回、および上前頭回の灰白質体積がそれぞれ有意に増加していることが確認された。これらは運動機能、空間認識、視覚、感覚情報の統合、実行機能、作業記憶といった体操競技に密接な関わりのある機能をコントロールする脳領域だ。
さらに、体操競技選手の脳灰白質体積とDスコアの平均値(全種目を考慮した総合的競技力)との相関解析では、下頭頂小葉(空間認識、視覚、感覚情報の統合に関わる領域)や吻側中前頭回(実行機能、作業記憶に関わる領域)において有意な相関関係が認められ、一方、骨格筋制御に直接関わる中心前回には競技力と灰白質体積との間に相関関係は認められなかったという。
以上の結果から、世界クラスの体操競技選手ではアクロバティックな身体活動を支える特殊な神経基盤が構築されていることが明らかとなった。また、競技力をさらに高めていくためには、運動系出力を制御するための空間認識、視覚、感覚情報の統合、作業記憶などの脳の機能の向上が重要であることが示唆された。
今回の研究によって、特定の脳の部位の機能を高めることが、卓越した体操競技力の発揮に重要であることが判明した。今回の成果は、世界クラスの体操競技選手を目指すための新たなトレーニング方法の開発や、選手の潜在的な競技能力を評価するための客観的な指標として役立つ可能性があるという。
一方で、世界クラスの体操競技選手の脳の特徴が、長期間の体操競技トレーニングによるものなのか、競技を始める以前から有している特徴なのかについてはまだ不明だ。そのため、今後さらに縦断的なアプローチによって明らかにしていく必要があるとしている。また、ほかの競技についても同様の調査を行うことによって、世界クラスの選手人材の育成につなげることが期待できるとした。