弥生は11月5日、記者説明会を開催し、デスクトップアプリ「弥生シリーズ」最新版、「弥生 21 シリーズ」の提供開始(11月13日)ならびに、小規模事業者を取り巻く状況と課題に関する見解、同社が短期的/中期的に取り組むことについて、発表を行った。
重要なのは電子化ではなくデジタル化
「業務効率化を実現するのに大事なのは、電子化ではなくデジタル化だ」――そう語ったのは、弥生 代表取締役社長の岡本浩一郎氏。岡本氏の見解では、法令改正により業務電子化が加速されている一方で、小規模事業者におけるインボイス管理や行政手続きは、概ね紙で管理している現状があるという。今後は電子化の徹底を進めるだけでなく、デジタルを前提とした業務のあり方そのものを見直す必要があると、岡本氏は指摘した。
説明会では、海外におけるデジタル化についての先進的な取り組みが紹介された。シンガポールでは、2018年より政府が電子インボイスを推進したことで普及が進んでおり、イギリスにおいては、政府が事業者に対し、2019年4月よりMTD(Making Tax Digital)を導入して利用し、税務申告まで一貫してデジタルで処理することを義務付けしているという。
これらの海外事例を受け、岡本氏は、日本企業がデジタル化を進めるには3つのことが重要であると述べた。まず1つ目は、事業者側のメリットの創出を優先的に考えること。岡本氏は、「従来の電子化は、事業者よりも行政の業務を効率化するために行われてきた。今の業務のあり方をそのままに、電子化を求めるのであれば、事業者からは単なる負担増としか見えない」と、業務そのものの見直す重要性について再度言及した。
2つ目は、ステークホルダーを巻き込むこと。政治や行政の思い付きや勢いで進めるのではなく、事業者や会計事務所、業務ソフトウェアベンダーなどをしっかりと巻き込み、スケジュールを含め納得感を得ながら進めることが肝であると指南した。
最後のポイントは、必要な時間をかけるということ。拙速に進めるのではなく、現実的なロードマップを明確に示すことによって計画的な準備を可能にすると、岡本氏は言う。「デジタル化は一年にしてならず、という見解を持っている。逆に言うと、一年で実現していることは電子化に過ぎない」(岡本氏)
そのために掲げる同社の戦略は、短中期的には小規模事業者の実務プロセスに寄り添った一歩先の業務効率化を提案しつつ、中長期的にはデジタルを前提とした業務プロセス再構築による抜本的な業務効率化を推進するといったものだ。
短中期的な戦略ー弥生シリーズの強化
同社は、2020年11月13日より弥生シリーズ(デスクトップアプリケーション)の最新版「弥生 21 シリーズ」の提供を開始する。同シリーズの主な強化ポイントは、会計業務に関しては、スマート取引取込の強化と改善、令和2年分所得税確定申告への対応など、給与・労務業務に関しては令和2年分年末調整への対応などとなっている。
スマート取引取込は、金融機関の口座情報をデータとして取り込んで、そのデータを自動仕分けする同シリーズ中のサービスだが、今回のアップデートにより、データ連携契約に基づき、すでに約90%のユーザーの口座がAPI連携対象になったという。API方式になったことにより、認証情報(ID・パスワード)をローカルにも、サーバにも保存しないため、セキュアな口座連携が実現される。
また、弥生会計への直接取込(デスクトップモード)が可能になり、クラウド側で操作することなく、デスクトップアプリ内で口座の取引情報の取り込みと自動仕訳が完結するようになった。
令和2年分所得税確定申告への対応については、同社の確定申告クラウドサービス「やよいの白色/青色申告オンライン」において、確定申告第四表(損失申告用)への対応を予定しているとのこと。なお、デスクトップアプリでは従前から対応している。
令和2年分年末調整への対応については、同年度からの変更点である、給与所得控除と基礎控除の見直しや、所得金額調整控除の導入、源泉徴収票の電子提出義務対象拡大などに対応する予定だ。
岡本氏は、「令和二年分の年末調整業務は、変更点が非常に多い。法令改正である各種控除の変更には全面的に対応し、電子化については実務の観点で優先順位をつけて、まずは源泉徴収票の電子提出義務対象拡大に対応していく」とした。
短中期的な戦略ー記帳代行への支援サービス
一方で同社は、会計ソフトを導入していない、つまり記帳代行を行っている会計事務所に対しても提供価値を拡大する。例えば、同社は2020年9月28日より会計事務所の記帳代行業務を支援する「記帳代行支援サービス」を提供開始している。
同サービスは、金融機関明細などの取引データを取り込んで自動仕訳を行い、領収書や通帳などの紙証憑についてはオペレーターが精度よくデータ化する。AI技術を活用しており、利用すればするほど、取り込まれたデータの自動仕訳精度が向上するとしている。これにより、会計事務所は使い慣れた弥生会計AEで、確認や修正を行うことが可能だ。
しかし、岡本氏は、同サービスを短中期的なサービスと想定してる。「業界全体で電子化が進んでいる一方で、まだまだ記帳代行業務を手入力で行っている会計事務所が存在する。まずはそこの、切り替えることが難しい業務を弥生が期間限定で代行し、会計事務所が好きなタイミングで手入力をなくし、電子化にいつでも移行できるように、選択肢を提供していきたい。10年単位で見ると、このサービスは縮小するだろう」(岡本氏)
同社は今後、同サービスにおいて、会計事務所のみならず顧問先側も含めた効率化・付加価値を提供していく予定で、5年間で売上の10~20%を担う目標を掲げている。
中長期的な戦略ー社会的システムデジタル化研究会
業務効率化において、電子化からデジタル化へとステージを上げるために、同社では中長期的に取り組むこととして、さまざまな取り組みを行っている。2019年12月には、社会的システムのデジタル化を通じ、社会全体としての効率を抜本的に向上させ、社会的コストの最小化を図ることを目指し、社会的システムデジタル化研究会を設立している。同研究会には、同社のほかに、SAP、OBC、PCA、MJSの4社、オブザーバーとして税理士会および内閣官房が参加しているという。
また、同研究会では2020年6月に「社会的システムのデジタル化による再構築に向けた提言」を発表している。提言内容は以下の通りだ。
- 短期的には、2023年10月のインボイス義務化に向け、標準化された電子インボイスの仕組みの確立に取り組むべきである
- 中長期的には、確定申告制度、年末調整制度、社会保険の各種制度等についても、業務プロセスを根底から見直すデジタル化(Digitalization)を進めるべきである
中長期的な戦略ー電子インボイス推進協議会
さらに同社は2020年7月29日に、インフォマート、SAP、OBC、スカイコムなど9社と共に、事業者が共通的に利用できる電子インボイス・システムの構築を目指し、電子インボイスの標準仕様を策定・実証し、普及促進させることを目的とした「電子インボイス推進協議会(EIPA)」を設立した。現在では、60社が正会員として参画しているという。
岡本氏は、EIPAが具体的に取り組むこととして、事業者が法令である「適格請求書等保存方式」に対応できるようにすること、デジタル化によって圧倒的な業務効率化を実現することを紹介した。
岡本氏は、「法令により2023年10月から電子インボイスを推進するインボイス制度が開始されるが、法令が開始される前に業務が成り立っていないと意味がない。2022年からインボイス制度に合わせた形で電子インボイスをやり取りできる状態を構築していく必要がある」とし、電子インボイス普及に向けたタイムラインを公開した。
以上まとめると同社は、短中期的には、事業者や会計事務所の実務に寄り添った業務効率化を推進し、中長期的には、デジタルを前提とし、全体最適化された抜本的な業務効率化を官民連携で推進していく方針だ。
「今後も将来を見据えつつ、一歩ずつ着実に進めていき、我々のライフワークである事業者や会計事務所を支援し続けていきたい」(岡本氏)