北海道大学(北大)は11月2日、室温において過去最高クラスとなる熱電変換性能指数ZT=0.11を示す新たな「層状コバルト酸化物」を実現したと発表した。

同成果は、北大電子化学研究所の張雨橋 外国人客員研究員(JSPS外国人特別研究員)、北大大学院情報科学院の高嶋佑伍大学院生、同・ジョヘジュン助教(兼北大電子化学研究所)、東京大学大学院工学研究科の魏家科特定助教、同・馮斌助教、同・幾原雄一教授、北大電子化学研究所兼北大大学院情報科学院の太田裕道教寿らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、英国王立化学会の材料科学専門誌「Journal of Materials Chemistry A」に掲載された。

熱電変換は、工場や自動車などから排出される廃熱を再資源化する技術として注目を集めている。熱電変換を行う材料としては、金属とカルコゲン元素(硫黄、セレン、テルル)の化合物である「金属カルコゲン化物」が有名だ。例えば、鉛とテルルの化合物である「PbTe」などがある。

熱電材料の性能は、「(熱電能)の2乗×(導電率)×(絶対温度)÷(熱伝導率)」で導き出される変換性能指数「ZT」で表される。この値が大きいほど優れていることになり、例えばp型のPbTeの場合、室温におけるZTは約0.1だ。しかし、PbTeは鉛を使用していることから毒性の問題があり、また熱的・化学的安定性にも改善すべき点があるなど課題があるため、大規模な実用化には至っていない。

そうした金属カルコゲン化物に対し、日本で四半世紀ほど前から熱電材料として期待されて研究が続けられてきたのが、金属酸化物だ。金属酸化物は、その多くが高温環境や空気中においても安定であることが期待される大きな理由だ。

そして1997年に日本人研究者に発見された「層状コバルト酸化物」は、熱電能が大きく導電率も高いことから実用的な熱電材料として大いに期待された。酸化コバルト(CoO2)層と、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の層が交互に積層した結晶構造を有する酸化物結晶だ。

しかし、熱伝導率が高いという弱点があったために、層状コバルト酸化物の室温のZTは0.03程度にとどまっていた。変換性能指数を導く計算式からわかるように、熱伝導率の値は低い(小さい)ほどZTの値は大きくなる。国際共同研究チームは今回、こうした背景を受けて層状コバルト酸化物の熱伝導率を下げることで、ZTの値を上げることに挑んだのである。

層状コバルト酸化物は、「AxCoO2」で表される。その結晶構造は、アルカリ(A)イオン層とCoO2層が交互に積層した層状構造となっている。熱電変換性能は層に沿った方向(横方向)の方が層に垂直の方向よりも高いことが知られている。AxCoO2の層に沿った方向の熱伝導は、主としてCoO2層の原子の振動が伝播することで起こるという。

そのため、CoO2層の上にあるアルカリイオンが軽い場合、CoO2層の振動は減衰することなく伝播するので熱伝導率は高くなってしまう。それに対し、アルカリイオンを重くすると、CoO2層の振動はすぐに減衰するだろうという仮説が立てられ、研究は進められた。

1個1個の原子の振動を「ばね」とすると、熱の伝播は「ばね」の伸縮の伝播と似ているという(ただし、ばねと違って原子は1方向だけに振動するわけではない)。仮に「ばね」がたくさん入っているマットレスがあったとして、マットレスの上に赤ちゃんを乗せてもマットレスの「ばね」はあまり影響を受けない。それに対し、例えば大きな力士が乗れば「ばね」は縮んで動かなくなる。このような考察から、アルカリイオンを重くすることで熱伝導率を低くできると予想したという。

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    (左)層状コバルト酸化物AxCoO2の結晶構造。(右)AxCoO2の層に沿った方向の熱伝導の模式図。「ばね」がたくさん入っているマットレスの上に赤ちゃんを乗せてもマットレスの「ばね」は影響を受けず、熱が伝わってしまう。しかし、大きな力士が乗れば「ばね」が縮んで動けなくなり、熱は伝わりにくくなる (出所:北大プレスリリースPDF)

国際共同研究チームは、アルカリイオンにナトリウム(Na)を選び、まずNa0.75CoO2薄膜が作製された。続いて、イオン交換法によってNa0.75を重さが異なるCa1/3、Sr1/3、Ba1/3に置換したAxCoO2薄膜が作製された。作製された薄膜の構造解析が行われ、最初に作製されたNa0.75CoO2薄膜のNaイオンが、Ca1/3、Sr1/3、Ba1/3に置換してることが確認された。

その後、室温における導電率、熱電能および熱伝導率の計測が実施された。室温において計測されたAx置換AxCoO2薄膜の層に平行な方向の熱電特性がまとめたところ、導電率と熱電能は、アルカリイオンの置換によってわずかに影響を受けているように見えるが、[(熱電能)の2乗×(導電率)]で表される出力因子はAxによらずほぼ一定であったという。電流が流れるのはCoO2層なので、Axイオンの置換は電気的な特性には影響しないといえるという。

これに対して、熱伝導率はAx原子量の増加に伴い、単調に減少する傾向を示すことが確認されたとした。バリウムは、アルカリ金属とアルカリ土類金属の中から選ぶことができる最も重い元素だ。この低熱伝導率化だけが、熱電変換性能指数の変化にそのままに反映され、バリウムに置換したBa1/3CoO2では、酸化物の室温の熱電変換性能指数としては最大となる0.11が計測されたのである。

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    Ax(アルカリ)を置換したAxCoO2薄膜の層に平行な方向の熱電特性(室温)。[(熱電能)2×(導電率)]で表される出力因子はAxによらずほぼ一定なのに対し、熱伝導率はAx原子量の増加に伴って単調に減少する傾向を示したという。Baは、アルカリ金属とアルカリ土類金属の中から選ぶことができる最も重い元素だ。この低熱伝導率化だけが熱電変換性能指数の変化にそのままに反映され、バリウム置換したBa1/3CoO2では酸化物の室温の熱電変換性能指数としては最大の0.11に達することが今回わかったのである (出所:北大プレスリリースPDF)

一般に、性能指数ZTは高温になるほど上昇するという。現在、高温での熱電特性の計測も行われており、ZTが上昇することは確認済みとした。今後、さらに組成を最適化するなど、熱電変換性能を増強することで、安定で実用的な熱電変換材料が実現することが期待されるとしている。