東北大学と日本原子力研究開発機構(JAEA)は10月26日、これまで酸素分子を通さないと考えられてきた炭素の網である「グラフェン」を、酸素分子が高速であれば壊すことなく通過することを発見したと発表した。
同成果は、東北大国際放射光イノベーション・スマート研究センター(兼多元物質科学研究所)の小川修一助教、多元物質科学研究所の高桑雄二教授、産業技術総合研究所材料・化学領域の山田貴壽主任研究員、JAEA原子力科学研究部門原子力科学研究所物質科学研究センターの吉越章隆研究主幹、米・ロスアラモス国立研究所のHisato Yamaguchi氏、同・Edward F. Holby氏らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、「The Journal of Physical Chemistry Letters」にオンライン掲載された。
グラフェンは、炭素原子が六角形に並んだ原子1層の厚みしかないシート状の物質だ。その厚さにもかかわらず、水素以外の気体分子を透過させない「ガスバリア性」を持つことが特徴のひとつである。このガスバリア性を利用して、食品の劣化や金属のサビを防ぐ保護膜として活用する研究が進められているが、どれぐらいの長期間にわたってグラフェンが保護膜として機能するのかは未確認であった。
一般に材料の寿命を評価するためには、それと同じ時間の研究期間が必要となる。要は、グラフェン保護膜が20年間にわたって防錆機能を維持できるのかどうかは、実際に20年間経ってみないとわからないということである。
こうした問題を解決するため、材料の寿命評価には「加速劣化試験」と呼ばれる時間を短縮するための実験が行われる。材料を壊してしまう要因を推定し、その要因を短時間に集中させて材料に負荷を与え、耐久性を観察するのである。研究チームでは、グラフェンのガスバリア性を壊してしまう要因のひとつとして、「大気中に存在する、高速で動いている酸素分子」と推察していた。
酸素は目には見えないものの、大気中で約21%の割合を占め、人をはじめとする大半の生物が呼吸で体内に取り込む必要がある、ありふれた物質だ。酸素は、空気中にふわふわと漂っているようなイメージだが、2つの原子が1セットで分子となって、実はさまざまな速度で移動している。酸素分子を移動速度別に見た場合、最も多いのが、音速(マッハ1)の時速1225km程度から音速を少し超える時速1400km程度(マッハ1.1)で移動するものだ。
マッハでも十分な速度だが、中にはその5倍近い、時速6200km(マッハ5.1)を超えるような酸素分子もわずかだが存在する。こうした高速で移動する酸素分子が、わずかな量であっても、長期間にわたって衝突し続ければ、グラフェン膜が壊れてしまうと推察されていた。しかし、これまでのところ高速酸素をグラフェンに照射したときにどのような変化が起こるかという研究はされてこなかった。
そこで今回は、特定の速度を持つ酸素分子だけを発生させられる「超音速分子ビーム発生装置」を用いて、グラフェン膜に高速酸素分子が衝突したときの影響を「リアルタイム光電子分光法」という手法を用いて分析が行われた。超音速分子ビームとは、分子が音速を超える同一の速さで、なおかつ同一速度のビーム状に線をなして移動しているもののことだ。この仕組みを用いることで、酸素分子とグラフェンの20年間分の衝突回数を数十分のうちに終了させることが可能となったのである。また実験は、大型放射光施設「SPring-8」で実施された。
これまでの研究から、マッハ1.1の酸素分子はグラフェン膜を透過できないことは確認済みであった。今回は、時速約9700km(マッハ7.9)というさらに高速の酸素分子が照射された。ターゲットは、気相成長法によりグラフェンが被覆された銅である。すると、銅が顕著に酸化することが観察された。このことから、高速の酸素分子の照射により、グラフェンが壊れてしまい、酸素に対するバリア膜として機能しなくなったことが推測された。
それを確かめるため、同じ基板を使って酸化銅の酸素を取り除いた後に、時速約2300km(マッハ1.9)の酸素分子の照射が行われた。その結果、予想に反して銅は酸化されなかったという。この結果が示すのは、グラフェンは壊れておらず、遅い速度の酸素分子に対してはガスバリア膜として機能しているということ。つまり、「グラフェンはガスバリア膜として機能しているのに、高速酸素分子は下地の銅を酸化させた」という不思議な現象が明らかとなったのである。
この現象の詳細を明らかにするため、「分子動力学計算」によるコンピュータシミュレーションが実施された。その結果、グラフェン中の炭素原子が欠けた部分(欠陥)で酸素分子が通り抜けていたことが判明したとする。しかも、この欠けた部分のサイズは酸素分子が通れるほど広くないはずだが、マッハ5よりも高速の酸素分子は一旦酸素原子に解離することによって、この欠けた部分を原子ひとつずつで通り抜けていることもわかったのである。
速度に依存して分子がグラフェンを通過できたりできなかったりする現象は、今回の報告が世界初だという。今後、国際共同研究チームは、さらなる研究で酸素分子の通り抜けを防ぐ方法がわかれば、長期間にわたって食品の劣化や金属のサビを防ぐ保護膜の開発にもつながるとしている。さらに、今後の研究によって酸素分子よりもさらに大きい分子を通り抜けさせることも可能になれば、将来的に物質が通り抜ける仕組みの実現も期待できるとしている。