広島大学は10月15日、次世代量子情報処理技術の基盤要素技術を担う「量子ランダムウォーク」のウォーキング・メカニズムを解明することに成功したと発表した。
同成果は、同大学の広島大学の片山春菜大学院生、同・畠中憲之教授、旭川医科大学の藤井敏之助教の共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
ランダムウォークは確率過程のモデルのひとつだ。例えば、コイントスを行い、表が出たら右に、裏が出たら左に1歩移動し、移動した先でこれを繰り返すというようなものである。しばらく繰り返したあとにウォーカーがいる場所の確率分布は、出発した地点が高い確率となる分布に従う。
このランダムウォークは、酔っ払いの歩行(酔歩)から株価の変動まで、世の中のさまざまな不規則性を持つシステムの確率過程モデルとして使われており、コンピュータサイエンスの分野でも計算アルゴリズムの設計のために使われている。
そしてそのランダムウォークの量子力学版が、量子ランダムウォークだ。量子力学は粒子のような性質と同時に波のような性質を併せ持つ「粒子・波動二重性」を特徴とし、量子ランダムウォークもその性質を備える。量子ランダムウォークのウォーカーは波のように振る舞うため、波の性質である重ね合わせや干渉により、確率分布はランダムウォークとは大きく異なるようになる。左右の両端に高い確率を持った分布となるのが特徴だ。
この特性は幅広いデータ領域での探索を可能にし、新しい探索アルゴリズムとして量子情報科学の分野で発展してきている。そしてランダムウォークが計算アルゴリズムに用いられるのと同様に、量子ランダムウォークも量子コンピュータ、量子探索問題、量子アルゴリズムなどへの応用が期待されている。
しかし、量子アルゴリズムの設計においては、情報を任意に操ることが求められているため、量子ランダムウォークとはそぐわない面がある。量子ランダムウォークは本質的にランダム過程であるため、それを制御することが容易ではないからだ。
そうした中、共同研究チームは今回、量子ランダムウォークの制御可能性を追求するため、その動きを決めている“コイン”に着目。コインの表と裏が出る確率に「時間依存性」(時間依存コイン)を導入した上で数値シミュレーションが実施された。その結果、量子ランダムウォークの軌跡(確率分布が高い位置)が回帰する新奇量子現象が発見されたのである。
続いて共同研究チームは、その軌道の起源を探求するため、ウォーカーの波動性・粒子性の両側面から、どのように軌道が制御されているのか、量子ランダムウォークのメカニズムの解明に取り組んだ。
コインがウォーカーを左右へ移動させることは確かだが、これまではそのコインがどのような物理量に対応しているのかがわからなかったのだという。そこで、共同研究チームはまずウォーカーの波動性に注目。ウォーカーの波(量子的波動)とコインとの関わりを明らかにするため、量子ランダムウォークの波動方程式を基に理論解析を実施した。
その結果、数値シミュレーションで得られた回帰現象は、量子ランダムウォーク波の速度が、コインの裏と表が出る確率の時間変化に依存して出現することが判明したのである。これまで、波のどのような物理量にコインが対応しているのかは不明だったが、今回まったく異なる概念である「コインと波の速度の等価性」を明らかにすることに成功した。これにより、コインが量子波の速度を制御するというるというメカニズムの解明に至ったのである。
さらに共同研究チームは、量子ランダムウォークのもう一方の量子性である粒子性にも着目。量子ランダムウォーク粒子の力学特性から粒子の速度を求めることで、波動性から求めた結果と同様の結果を得ることに成功したとした。
これらの結果から、今回のメカニズムを用いて時間依存コインを適切に設計すれば、どんな軌道を持った量子ランダムウォークでも実現可能であることが判明した。つまり、課題であった情報をランダムな系においても自由に操ることが可能であることがわかったのである。
今回の成果により明らかとなった量子ランダムウォークのメカニズムは、量子ランダムウォークを基盤要素技術とするすべての応用分野、特に量子コンピュータなどの量子情報技術において、新しい設計指針になるという。
また、人工知能を支える量子ニューラルネットワークにおける情報伝達やそこでのデータ探索アルゴリズムなどは、今回の成果を応用できる具体的な一例であり、ランダム系を背景基盤とする技術において、この成果の利用価値は少なくないとする。
今後研究チームは、多数のウォーカーがいるシステムにおける、ウォーカー同士の相互作用(多体効果)や、それらの間の不思議な量子相関(エンタングルメント)の研究へ展開していく予定としている。