東京都立大学(都立大)、北里大学、横浜国立大学(横国大)、名古屋市立大学の4者は10月15日、特定の蒸気を感知して可逆的に変形・変色するという、これまでにない特性を持つ新材料を作り出すことに成功したと共同で発表した。
同成果は、都立大学大学院 理学研究科の伊與田正彦客員教授(名誉教授)、北里大大学院理学研究科の長谷川真士講師、横国大大学院環境情報研究院の大谷裕之教授、名古屋市立大大学院理学研究科の青柳忍教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米化学会が発行する「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。
近年、光や熱、外力や蒸気などの外部刺激を感知して、自ら可逆的に変形・運動するスマートマテリアルが注目を集めている。人工筋肉やソフトアクチュエーター、センサー、生物模倣技術などのさまざまな用途への応用が期待されるからだ。またその動力源として、光や熱、外力に比べて蒸気は、電源や熱源を特別に必要としないため、省エネルギーな外部刺激として特に注目に値するという。
しかし、蒸気刺激に対して変形・運動する物質の報告例はこれまで少なく、高分子材料においていくつか報告例があるのみだった。しかも、それらは変形・運動を可逆的に制御するまでには至っていなかったのである。
そうした中でも共同研究チームは蒸気刺激のメリットに着目し、同刺激に対して自ら可逆的に変形・運動するスマートマテリアルの研究を進めた。今回の研究では、「フェニル基」を2個付加した「チオフェン」分子6個からなる環状分子が新規に合成された。
フェニル基とは、化学式化学式C6H5で表され、ベンゼンC6H6に似た炭素原子6個が6角形状に結合してできた原子団だ。またチオフェンとは、化学式C4H4Sで表され、炭素原子4個と硫黄原子1個が5角形状に結合してできた分子である。
この環状分子は、特定の小さな分子をその環内に取り込むことができ、その際分子構造に少し変化が生じるという特徴を持つ。さらに、ある条件下で積層するように超分子集合することで、ファイバーを形成するという特徴もある。超分子とは、複数の分子が分子間相互作用により規則的に集合してできた分子の集積体のことである。
こうして得られた黄色のファイバーは、環状分子に加えてアセトン分子が含まれており、乾燥させるとアセトン分子を放出し、黄色から橙色に変色するという機能を実現。この変色は分子構造の変化に起因するという。乾燥後、アセトン蒸気に触れさせると橙色から元の黄色に戻り、さらに再度乾燥させると再び黄色から橙色に変色するという特性を持っていた。なおアセトンとは、化学式C3H6Oで表され、有機溶剤として知られる。両親媒性の液体で水にも油にも溶け、常温で高い揮発性を有するのが特徴だ。
このような蒸気刺激に対する可逆的な変色に加えて、このファイバーは蒸気刺激に対する可逆的な変形・運動も示すという。長さ1mm程度のファイバーがアセトン蒸気の有無によって可逆的に湾曲することで、その先端位置が0.1mm程度、上下運動していることが確認できたとする。
この可逆的な変形・運動は、アセトン蒸気刺激と乾燥を繰り返すことにより、10回以上繰り返されるという。蒸気刺激前後のファイバーの内部構造について、大型放射光施設SPring-8でのX線回折を用いた解析が行われた結果、蒸気刺激によって分子配列が可逆的に変化することで、変形が引き起こされていることが判明した。
今回の研究成果は、複数の安定な分子構造および結晶構造を持つ環状分子を用いることで、蒸気刺激に対して可逆的に繰り返し変形・変色する物質を開発できることを示したものだ。今回の成果に対して共同研究チームは、蒸気刺激に対して駆動するスマートマテリアルの開発に道を拓くものだとする。
今後、今回の研究で見出された物質開発指針を応用することで、特定の蒸気を感知するセンサーや、蒸気によって構造および吸光・蛍光特性が変化するソフトアクチュエーター、蒸気の流れを回転運動に変換する分子モーター、および蒸気で駆動する人工筋肉など、電源や熱源なしに蒸気のみによって駆動する新しい原理のアクチュエーターが実現できる可能性があるとしている。