東北大学と東京大学は10月13日、日米欧の国際共同によるダークマター探索実験「XENON1T」によって、2020年6月に得られたシグナルは、ダークマター候補のひとつである未発見の素粒子「アクシオン」が電子に吸収されることによって生じた可能性を指摘した。また同時に、アクシオンが、冷却異常を起こしている白色矮星などの一部の恒星における進化をよりよく説明できることも示したことも発表した。

同成果は、東北大学際科学フロンティア研究所の山田將樹助教、同・理学研究科の高橋史宜教授(東大カブリ数物連携宇宙研究機構客員上級科学研究員兼任)、東大大学院理学系研究科の殷文研究員らの研究チームによるもの。詳細は、物理学系学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。

ダークマターは暗黒物質とも呼ばれ、あらゆる光・電磁波で観測することができず、目に見える通常の物質とは重力のみによって相互作用するという特徴を持つ、仮想上の素粒子だ。宇宙の全エネルギー密度のうち、ダークマターは通常物質の5倍以上、20%強の割合を占めると考えられている。

その正体を突き止められればノーベル賞受賞は間違いないとされ、その直接検出のため、国際宇宙ステーションを含めて世界中でさまざまな観測や実験が進められてきた。

日米欧を中心とした国際共同実験グループXENONコラボレーションにより、2016年から2018年までイタリアのグランサッソ国立研究所の地下研究所において実施されていたのが、液体キセノンを用いたダークマター直接探索実験のXENON1Tだ。そして2020年6月、同国際共同実験グループから素粒子の標準的な理論では説明のつかないシグナルの兆候を得られたことが発表された。これはまだダークマターの確定的なシグナルではないが、実験の今後のアップデートによって、より確かな情報が得られることが期待される成果とされている。

一方、最近の白色矮星や赤色巨星の観測から、標準的な天文学のモデルでは説明の不可能な冷却異常がある可能性が指摘されていた。それは、例えばアクシオンなどの軽い未知の素粒子が、それらの天体から放射されてエネルギーを奪っていくと考えると説明できるという。

ダークマター候補として提案されている素粒子は複数あるが、アクシオン(アクシオン的粒子)はそのひとつであり、非常に軽い素粒子と考えられている。アクシオンはさまざまな物質と弱くしか相互作用しないという特徴を持つとされ、一般に光子とは「量子アノマリー」と呼ばれる特殊な過程を通じて相互作用するとされている。量子アノマリーは量子異常とも呼ばれ、素粒子が従う量子的な理論において、古典論における保存則が成り立たなくなる現象のことを指す。

こうしたダークマターを巡る状況の中、共同研究チームは、XENON1T実験によって得られた過剰な電子反跳事象が、量子アノマリーを持たないアクシオンによるものである可能性を指摘した。

アクシオンが電子との相互作用を持っていると仮定すると、ダークマターとして宇宙空間を漂っているアクシオンが、XENON1T実験においてモニターされている液体キセノン中に飛び込み、その電子に吸収された場合、アクシオンの質量のエネルギーに対応するシグナルが検出される。アクシオンの質量が電子の質量の約1/200であると仮定すれば、XENON1T実験で得られたシグナルを説明することが可能となるという。

アクシオンは、一般に量子アノマリーを通じて光子との相互作用を持つと考えられているのは前述した通り。その場合には、ダークマターとして存在するアクシオンが崩壊してX線(ガンマ線)のエネルギーを持つふたつの光子を放出することから、さまざまな天体からのX線の観測結果と矛盾してしまうことになる(ガンマ線は原子核内部起源、X線はそれ以外という発生起源の違いであり、どちらも波長の短い電磁波であることに差はない)。

それに対し、今回の研究で考案された量子アノマリーを持たない特別なアクシオンを仮定すれば、X線の観測結果と矛盾せずにXENON1T実験の結果を説明することが可能となる。

また今回の研究では、宇宙論的進化に基づいて予言されるアクシオン存在量が、観測されているダークマターの存在量を自然に説明し、特にダークマターの10%程度を占めている場合には、XENON1T実験の結果を説明するとしている。そしてそれと同時に、天文観測によって確認されていた白色矮星などの冷却異常についても、よりよく説明できることが示された形だ。

このように、ひとつのモデルで複数の実験結果や観測結果を説明することができると、モデルとしての正統性が高まることになるという。今回の研究で提案されたモデルは、将来的にダークマターの探査実験と天体観測の精度がより一層高まっていくことで検証されることが期待されるとしている。

そして、量子アノマリーを持たないアクシオンがダークマターであることが、今後の実験で確定的なものとなれば、それは宇宙論と天文学のみならず、素粒子理論にとっても重要な成果となるとしている。

  • アクシオン

    アクシオンと光子の相互作用を与える量子アノマリーのダイアグラム。一般には、量子アノマリーを通してアクシオン(a)とふたつの光子(γ)が結合しているが、今回の研究では、量子アノマリーを持たない特別なアクシオンを考えることで、X線の観測結果と矛盾せずにZENON1T実験の結果を説明することができると示された (出所:東北大・東大共同プレスリリースPDF)