理化学研究所(理研)は10月5日、遺伝子を改変した動物の作製に必要な「ES細胞」の細胞塊(コロニー)を簡便に単離するための試作デバイスの開発に成功したと発表した。

同成果は、理研生命機能科学研究センター集積バイオデバイス研究チームの田中陽チームリーダー、同・船野俊一研究員、理研合成生物学研究チームの上田泰己チームリーダー、同・戸根大輔研究員らの研究チームによるもの。詳細は、オンライン科学雑誌「BMC Research Notes」に掲載された。

遺伝子改変マウスの作製は、医学や生物学の分野において、遺伝子の働きや病気の機序の解明に不可欠だ。近年、「CRISPR/Cas9」などのゲノム編集技術の発展により、遺伝子改変マウスの作製は簡便化されてきた。しかし、数千塩基におよぶ長さの遺伝子配列をゲノムの特定箇所に挿入する「遺伝子ノックイン」については、近年のゲノム編集技術を用いても、まだ十分な効率が達成されていないという。

作製されたマウスの個体内で、遺伝子が正しくノックインされた細胞とそうでない細胞が混ざり合ったモザイク状態となることから、詳しい解析のためにはマウス同士を掛け合わせ、全身が均一に遺伝子ノックインされた細胞からなるマウスを得る必要がある。この過程には1年程度の時間と労力を要するという。

そうした中、合成生物学研究チームの上田チームリーダーらは、掛け合わせを介さず、全身が均質な細胞からなる遺伝子改変マウスを作製できる「ESマウス法」を開発。同手法であれば、遺伝子ノックインを含めた任意の遺伝子改変を行ったマウスES細胞を準備すれば、そこから3か月程度で詳しい解析に利用できる遺伝子改変マウスを得ることが可能だ。

さらに、上田チームリーダーらは、ESマウス法に必要な遺伝子改変ES細胞を調製する過程の効率化も実施。これまでは熟練の技術を必要としていた、正しく遺伝子が改変されたES細胞を選別するために、1細胞由来のES細胞塊(コロニー)を顕微鏡下で単離・回収する過程をセルソーターを利用した操作の自動化を実現。同過程の効率化を実現したが、同装置は非常に高価なため、どの研究室でも導入できるわけではないという課題があった。

そこで研究チームは今回、ES細胞コロニーの単離を容易にするデバイスを試作。この試作デバイスは、コロニーを発見しやすくするための溝と、コロニーを単離・回収するためのくぼみ(ウェル)を近接させることで、顕微鏡下でのコロニー単離を効率化・簡便化させることを目指して開発が進められた。

そして完成した試作デバイスを実際に用いて、どの程度の時間短縮効果があるのか従来法との比較計測が行われた。従来法の場合は、培養皿を顕微鏡ステージ上に置いた状態からコロニーを探し、採取、容器の取り替え、ウェルへの滴下、確認までの一連の動作にかかる時間を計測。試作デバイス使用の場合は、溝中のコロニーを探し、採取、隣のウェルへの滴下、確認するまでの一連の動作にかかる時間が計られた。

被験者は経験5年以上の熟練者と経験1年以内の初心者で、結果、コロニーの移し替え操作速度が熟練者の場合は1.5倍、初心者の場合は2.3倍程度向上することが確認された。練者より初心者で効果が大きいのは、広い範囲からコロニーを見つけるという感覚や慣れなどの要素が削減され、機械的な操作のみで実験が行えるためと考えられるという。

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    (A)熟練者が操作した場合における、従来法とデバイス使用時の操作時間の違い(計測回数:4回)。操作時間が従来法よりも約1.5倍短くなった。(B)初心者が操作した場合における、従来法とデバイス使用時の操作時間の違い(計測回数:4回)。操作時間が従来法よりも約2.3倍短くなった (出所:理研Webサイト)

そして、試作デバイスを駆使して採取したES細胞コロニーを利用して遺伝子改変マウス(黒色)が問題なく産出されることも確認された。試作デバイスを用いてもES細胞の多能性が阻害されることはないという。

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    今回の試作デバイスで扱ったES細胞コロニーを用いて遺伝子改変したマウス(毛が黒い小さいもの)と改変なしの母マウス(毛が白い大きいもの)の画像。試作デバイスを使って採取したES細胞コロニーを利用して遺伝子改変マウス(黒色)が問題なく産出されることが確認された (出所:理研Webサイト)

今回の試作デバイスは、ES細胞コロニーなどの50μm前後の比較的大きな生物試料を扱うのに特化したものだが、このサイズを自動で扱う装置はあまりなく、あっても高価だという。コロニーのほかにも、卵細胞や胚などの比較的大きな試料を扱うのにも適しているという。そしてこの試作デバイスは、作業を単純化し、初心者でも使いやすいという意味で、研究自動化の1ステップとなるものだとしている。

今後、試作デバイスの大量生産を目指すにあたっては、容器の材質を、細胞培養などで最も一般的に用いられるポリスチレンに変えて試験していく必要があるという。このような検討を行い、生物実験プラットフォームを最適化することで、生物学のさらなる加速化が期待できるとしている。