北海道大学(北大)は10月1日、コンピューターシミュレーションを用いて、圧力急冷プロセスで合成したシリカガラスの構造を求めた結果、高圧高温下ではガラスの構造がより理想的になって透明度が高くなり、光損失率が常圧ガラスの50%以下になることを見出したと発表した。
同成果は、北大電子科学研究所の小野円佳 准教授、米ペンシルベニア州立大学Yongjian Yang博士、同・John C. Mauro教授、AGCの本間脩氏、浦田新吾博士らで構成国際共同研究チームによるもの。詳細は、英計算科学系専門誌「npj Computational Materials」に掲載された。
現代社会の維持と発展に情報通信は欠かせない基盤であり、その情報通信を支えるインフラが世界中に張り巡らされた光ファイバー網だ。光ファイバーは主にシリカガラスからできており、その光の伝搬損失を抑制することで、より少ない数の光信号増幅器でより遠方への情報伝搬が可能となる。
シリカガラスの光損失における大半の要因は「レイリー散乱」だ。同現象は、日中に空が青く見えたり、日の出と日没時に朝焼けや夕焼けで赤く見えたりする要因として知られている。シリカガラスの中では、ガラスを構成する元素同士のつながり(ネットワーク構造)のゆらぎがこのレイリー散乱が起きる要因となっている。また近年になって、ガラス中の何もない空間(空隙)も散乱体となって、レイリー散乱を起こすことが確認された。
これまでの研究では、0.2GPa(2000気圧)以下の圧力急冷ガラスにおいて、レイリー散乱を抑制できることが実験から示されていたが、それ以上の圧力をかけた場合の挙動はわかっていなかった。そこで今回の研究では、実際の試験が難しい高圧領域のため、原子同士の間に働く力を仮定し、ニュートンの運動方程式に基づいて原子が安定する位置を計算する「分子動力学シミュレーション」が用いられた。
シミュレーションは、ガラス中の空隙が散乱体となってレイリー散乱を起こすというモデルと、ガラスのネットワーク構造のゆらぎを考慮した2種類の物理モデルを用意。そして、圧力急冷プロセスで合成するという条件でシリカガラスのレイリー散乱定数が算出された。
すると、4GPa(4万気圧)の圧力で急冷したガラスにおいて、散乱体としての空隙がほぼ消滅し、シリカガラスのネットワーク構造が理想的な構造に近づくことが判明。
ガラスとは、そもそも原子が規則的に並んだ結晶構造ではなく、不規則に並んだアモルファス構造である。いわば不安定な“準不安定状態”だが、今回の研究成果により、ガラスの高圧急冷プロセスを適用すると、ガラスでありながらトポロジカルには秩序のある安定構造を取ることが判明した。そして、得られたガラスの構造が光損失の抑制に適した構造だったのである。
しかし、今回コンピューターシミュレーションで求められたように、現実の圧力急冷プロセスは、まして4GPaともなれば難しいプロセスだ。ただし国際共同研究チームはその点に関して、今回の研究成果によって理想的な圧力値を予測することができたことから、高圧装置などの開発がしやすくなると見ている。
また研究チームは、光損失が常圧ガラスの50%以下という透明度の非常に高いシリカガラスの光ファイバーを実現できれば、究極的な安全性を持つといわれる量子通信の社会実装にも貢献できる可能性があるとしている。