米国航空宇宙局(NASA)は2020年8月29日、地球周辺の“宇宙天気”を観測することを目指した、5つの新しい宇宙科学ミッションの候補を選定した。
5つの候補はこれからさらなる検討が行われ、最大2つのミッションを採択し、実際に打ち上げに向けた開発が行われる。
宇宙天気は、宇宙船や宇宙飛行士の命に大きな影響を与える。そのため、宇宙天気のメカニズムの解明や、その動向を予測する“宇宙天気予報”の実現は、将来の人類の宇宙進出にとって必要不可欠なものとなる。
宇宙天気を観測する5つのミッション候補
太陽から吹き出しているX線や紫外線、高エネルギー粒子、プラズマは、地球周辺の宇宙環境に影響を与えることが知られている。
とくに、太陽表面で起こる大規模な爆発(太陽フレア)によってX線や高エネルギー粒子、プラズマなどが大量に放出されたり、コロナ質量放出(CME)という現象で大量のプラズマが放出されたりし、それが地球の近くまで届くと、人工衛星が故障したり、宇宙にいる宇宙飛行士が被曝したり、無線通信に障害が起きたりし、場合によっては地上の送電線を破壊するほどの被害をもたらすこともある。
こうした太陽の活動や、地球のまわりの宇宙環境の変動を「宇宙天気」と呼び、そのメカニズムの解明や、どのように変化するかを予測する「宇宙天気予報」の実現は、ただ宇宙に関する理解を深めるだけでなく、宇宙飛行士の命や衛星の機能を守り、そして通信や衛星測位システムなどを利用する私たちの生活を守ることにつながる。
そこでNASAは、宇宙科学プログラムのひとつである、次期中型クラスのエクスプローラーズ計画(MIDEX)の枠組みで、宇宙天気について調べるミッションを計画。2019年7月に提案の募集が始まり、今回5つの候補が選定された。
それぞれの提案には125万ドルが与えられ、9か月間のミッション・コンセプト調査が行われる。そしてその後、NASAの審査により最大2つの提案が選ばれ、最大2億5000万ドルの予算が与えられ、打ち上げに向けて開発が始まることになる。
NASAの科学ミッション本部のトーマス・ザブーケン副本部長は「太陽の物理を調べたり、オーロラを研究したり、磁場が宇宙空間をどのように移動しているかを観測したりと、私たちの地球物理学のコミュニティは、さまざまな視点から地球のまわりの宇宙システムを探求しようとしています。これらのミッションは、衛星や探査機、そして宇宙飛行士がますます活躍することになる、この宇宙を理解するための重要な視点を提供するでしょう」と語っている。
今回選ばれた5つの候補たち
Solar-Terrestrial Observer for the Response of the Magnetosphere(STORM)
ストーム(STORM)は、NASAゴダード宇宙飛行センターが提案しているミッションで、太陽風と呼ばれる太陽からの高速の粒子の流れが、地球の磁気圏と相互作用する様子を、史上初めて全球的に観測することを目指している。
探査機には地球の磁場と、太陽風と惑星間磁場を同時に観測できる装置があり、地球周辺に太陽からのエネルギーがどのように流れ込むかという全体像を捉えることができる。これにより、磁気圏にまつわるさまざまな謎を解決するとともに、宇宙天気が地球のまわりでどのような振る舞いを見せているのかを解明することを目指す。
また、立教大学が観測装置を提供することが検討されている。
ヘリオスウォーム(HelioSwarm)
ヘリオスウォーム(HelioSwarm)はニューハンプシャー大学が提案するミッションで、太陽風を大きな動きから微細な動きまで幅広いスケールで観測し、質量、運動量、エネルギーの輸送とそれにともなう散逸といった、基本的な宇宙物理学的プロセスを解き明かすことを目指す。
同ミッションは9機の小型衛星で構成され、それぞれが離れた位置から協調して観測を行うことで、マルチスケールでかつ3次元的に、そして時間変化も含めたメカニズムを捉えることができるという。
Multi-slit Solar Explorer(MUSE)
ミューズ(MUSE)は、ロッキード・マーティンが提案しているミッションで、太陽の表面から2000kmほど上空にある大気層の「コロナ」を観測し、そこで起こっているメカニズムなどを解き明かすことを目的としている。
たとえば、太陽の表面温度は約6000℃であるのにもかかわらず、コロナは100万℃以上もあり、なぜ表面よりもはるかに高温になっているのかは「コロナ過熱問題」と呼ばれ、まだ未解決である。また、コロナは、地球環境にも影響を与える太陽フレアが突発的なエネルギー解放を起こす場所でもある。
そこで、ミューズによってコロナに関する詳細なデータを集め、高度な数値太陽モデルを構築し、コロナ加熱問題や、太陽フレアなどにまつわる研究に役立てることを目指す。
Auroral Reconstruction CubeSwarm(ARCS)
アークス(ARCS)は、ダートマス大学が提案するミッションで、オーロラの発生に関するプロセスを、電離層や熱圏を通過する大規模な宇宙気象システムの動きと、オーロラに直接つながる小さな局所的な現象との間の中間的なスケールで観測することを目指している。このスケールでの観測は、これまでほとんど研究されてこなかったという。
これにより、大気と宇宙の境界の物理学の理解にとって重要な情報が得られるとしている。
ミッションは32機のキューブサット(超小型衛星)と、32台の地上の観測所からなり、複数の異なる場所から観測することで、地球を取り巻く磁気圏システム全体への洞察が得られるというう。
ソラリス(Solaris)
ソラリス(Solaris)はサウスウェスト研究所が提案しているミッションで、太陽の北極、南極の上空を通過して観測し、それぞれ太陽が3回自転する様子を観測。それにより、太陽表面の光や磁場、表面の動きを観測する。
これまでに太陽を極側から観測した例はなく、また現在太陽に向けて飛行中の欧州宇宙機関(ESA)の探査機「ソーラー・オービター」も、極に対して斜めから見た画像が得られるのみとなっており、ソラリスが実現すれば史上初めて太陽を極から観測できることになる。
極から見た物理的プロセスの情報は、磁場がどのように進化し、どのように動くのかなど、約11年ごとに移り変わる太陽活動周期と密接な関わりをもつ、太陽全体のグローバルなダイナミクスを理解することにつながるとしている。
参考文献
・NASA Selects Proposals for New Space Environment Missions | NASA
・立教大学が参加する地球磁気圏観測衛星「STORM」がNASAの新計画候補として選定されました | 立教大学
・HelioSwarm
・MUSE: the Multi-Slit Solar Explorer - NASA/ADS
・Auroral Reconstruction CubeSwarm - ARCS: a NASA Heliophysics mission concept for decoding the aurora - NASA/ADS