東北大学と高エネルギー加速器研究機構(KEK)は、室温付近で巨大な金属・絶縁体転移を示し、次世代デバイス材料として期待される機能性酸化物「二酸化バナジウム(VO2)」をナノレベルまで薄くすると、従来とは異なる新しい電子相が現れることを明らかにしたと発表した。
同成果は、東北大多元物質科学研究所の志賀大亮 大学院生、同・吉松公平 講師、同・組頭広志 教授、KEK物質構造科学研究所の北村未歩 助教、同・堀場弘司 准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国理学会誌「Physical Review B」にオンライン掲載された。
電子同士が互いに強く影響し合う「強相関物質」であるVO2は、室温付近で電気抵抗率が数桁も変化する巨大な金属・絶縁体転移を示すことが大きな特徴で、それ故に次世代デバイス材料として期待されている。しかしVO2は発見から60年も研究が続けられているが、その金属・絶縁体転移は、強い電子相関の「モット転移」と、バナジウム(V)イオンの二量化の「パイエルス転移」というふたつの要因が複雑に絡み合っているため、デバイス設計に必須となるナノ領域における詳細な振る舞いはこれまでわかっていなかった。
VO2をデバイスに応用する際に必要となるのが、どのぐらいの厚さまで元の特性を保つことができるのかという点だ。強相関電子の電子相転移を利用した「モットトランジスタ」の場合、デバイスのON/OFFを切り替えるチャンネル層の厚さは数nm程度になる。なおモットトランジスタは、電圧による強相関電子のモット転移利用する新しい原理のトランジスタで、従来のCMOSプロセスに代わる次世代半導体として現在、研究開発が熱心に進められている。
しかし強相関電子を持つ物質では、この領域で特性が大きく変わることが知られており、VO2を用いたデバイスの設計のためには、数nmの領域で電子状態がどのように変化するのか調べる必要があった。特にVO2の場合、電子状態のみならず二量化形成(構造変化)についても調べる必要があることから、今回の研究では電子状態と二量化状態(結晶構造)の同時分析が実施された。
共同研究チームは、KEKの放射光実験施設フォトンファクトリーに設置されたレーザー分子線エピタキシ装置と光電子分光装置を用いて、VO2ナノ構造を作製。そして、その場での高輝度放射光(軟X線放射光)を用いて電子および結晶構造の厚さ依存性の調査を実施した。
結果、光電子分光測定の結果、特徴的なVO2の金属・絶縁体転移は、面直方向に沿ってVイオン5個分に相当する1.5nm厚まで維持されることが判明(画像1a)。その一方、それ以下の厚さでは単なる絶縁体として振る舞うことも確認された。
続いて、1.5nm前後の極薄膜領域におけるVイオンの二量化の有無の調査のために、X線吸収分光装置による構造決定が行われた。すると、絶縁体となった1.5nm以下の厚さのVO2ナノ構造においては、もはやVイオンの二量体が形成されないことが明らかとなったのである。
さらに、これらの放射光解析による結果に加え、詳細な電気特性評価も実施され、画像1cに示されるようなVO2ナノ構造の電子相図が決定された。VO2の特徴は、ナノレベルまで薄くすると強相関電子が2次元的に閉じ込められるため、サイズ効果としてモット転移の不安定性が増大する一方、「パイエルス不安定性」の効果が抑制されることが推察された。そして詳細な解析の結果、1.5nm以下の厚さで現れる二量化を伴わないVO2の絶縁化は、低次元化による影響で2種類の効果のバランスが崩れた結果、モット転移不安定性がパイエルス不安定性に打ち勝つことで生じていることが突き止められたのである。
今回の研究により、VO2のナノ構造における新たな電子相が発見された。モット転移不安定性とパイエルス不安定性のバランスがナノ領域で変化することが実験的に実証された。研究チームによれば、今回得られた知見に基づくことで、VO2をチャンネル層とする最適なモットトランジスタを設計することが可能になるという。さらに、強相関電子の電子相転移を利用した新しい原理に基づく、強相関エレクトロニクスの実現に貢献できるとした。さらに、未だに議論が続くVO2の金属・絶縁体転移の起源解明にも大きく貢献できることが期待できるとしている。
,A@二酸化バナジウム|