東京工業大学(東工大)は9月18日、2018年に同大学が発表した「アトムハイブリッド法」を応用し、金-銀-銅の合金による「サブナノ粒子」を利用した、資源的にもエネルギー的にも優れた高機能な活性酸化触媒の開発に成功したと発表した。
同成果は、同大科学技術創成研究院の塚本孝政 助教、山元公寿 教授、田邊真 特任准教授、神戸徹也助教らの研究チームによるもの。詳細は、独・化学会誌「Angewandte Chemie International Edition」(オンライン版)に掲載された。
炭化水素は、石油や天然ガスといった化石燃料の主成分として知られ、その特徴のひとつに化学反応を起こしにくいというものがある。そのため、炭化水素を有用な物質に変換するためのさまざまな触媒が研究されており、近年は特に高い反応活性を持つナノ粒子触媒が注目を集めている。
中でも期待されているのが、サブナノ粒子による触媒だ。サブナノ粒子は数個から数十個の原子で構成されており、ナノ粒子の中でも特に小さく、粒径は1nm程度。一般的なナノ粒子にはない特異な機能を有しており、触媒活性においても高い性能を発現することから注目されている。
ただしサブナノ粒子の合成は、原子レベルでの精密制御が要求されることから、とても困難なことが課題となっている。そのため、これまでサブナノ粒子の触媒についての研究はほとんどされてこなかった。
アトムハイブリッド法は、研究チームが2018年に発表した手法だ。「デンドリマー」をナノサイズの鋳型として利用し、原子レベルのサイズでサブナノ粒子を合成するという技術である。なおデンドリマーとは、コアと呼ばれる中心構造と、そこから樹状に延びる側鎖構造「デンドロン」から構成される特殊な高分子のことだ。研究チームは今回、アトムハイブリッド法を応用し、特異な化学反応活性を持つ合金サブナノ粒子触媒の新規開発を試みた。
研究チームが今回注目したのは、金-銀-銅の合金のサブナノ粒子触媒だ。周期表の第11族元素である金・銀・銅はオリンピックのメダルをはじめ、さまざまな硬貨に用いられていることから“貨幣金属”とも呼ばれる。貨幣に選ばれる理由は、ほかの金属元素と比較して腐食されにくく、中でも金は化学反応をほとんど起こさず、錆びないからだ。
ただし触媒に関しては逆で、このような不活性さがデメリットとされ、これまでは不向きと考えられてきた。ところが近年になって、ナノ粒子のサイズまで小さくすることで触媒性能を発現することが発見されたのである。
実験では、金-銀-銅の合金サブナノ粒子触媒を用いて、モデル物質である「シクロヘキセン」(炭素6原子と水素10原子から成る環状の炭化水素)を出発原料とした、炭化水素の酸化反応試験が実施された。炭化水素の酸化反応とは、ロウソクの炎やガソリンの燃焼など、炭素と水素のみからなる有機分子を酸化する反応のことである。
炭化水素は安定な炭素-水素結合を持つために化学変換が難しく、高温や高圧、強力な酸化剤、触媒などを必要とする場合が多い(エネルギーを多く必要とし、環境負荷も大きい)。また、通常はさまざまな酸化生成物が得られることから、目的の物質のみを効率よく得るために多くの工夫を施す必要もある。
そして試験の結果、特に銅原子を含む粒子が酸化反応の触媒として高い性能を有していることが確かめられた。銅原子は、単体のバルク(塊状物質)やナノ粒子ではそれほど触媒反応が進まないが、サブナノ粒子になると単体でも非常に高い反応活性を見せる。そして金原子や銀原子と合金化することで反応活性がより増幅されることも明らかとなった。銀には基質の脱着、金には銅を活性化させるという特性があるからである。さらに、この3種類を合金にしたサブナノ粒子は、最も高い触媒性能を示した。
また、この合金粒子は従来の触媒よりも低温・低圧で駆動し、酸素分子のみを使用するだけで特別な反応剤も必要とせず、極めて温和な反応条件で機能するという特徴も確認された。資源問題やエネルギー問題の視点から大変有望といえる特徴だ。
さらに詳細を調べるため、研究チームはコンピュータシミュレーションも実施。すると、各金属元素が粒子中でそれぞれ固有の役割を担っていることが判明した。各効果が協奏的に働くことが高い反応活性の要因になっていると推測されたのである。
その上、通常では得られない特殊な高エネルギー物質である「ヒドロペルオキシド」(炭化水素に過酸化水素が結合した化合物)が選択的に得られることも明らかとなった。ヒドロペルオキシドは、過酷な反応条件ではすぐに分解してしまう不安定な物質だが、金-銀-銅合金のサブナノ粒子が持つ極めて温和な触媒反応によって安定した生成が可能になったと考えられている。
研究チームは、今回の成果により、サブナノ粒子を構成する元素を適切にデザインすることで、触媒反応を自在にカスタマイズできる可能性を示したという。また、このようなサブナノ粒子触媒はごく少数の金属原子しか使用せず、かつ低温でも機能することから、将来的には、資源やエネルギーをほとんど消費することのない次世代環境材料の創出につながる可能性もあるとしている。