北海道大学(北大)、海洋研究開発機構(JAMSTEC)、東京海洋大学の3者は9月16日、オーストラリア南方の南極海の海底付近を流れる南極低層水において、これまで加速度的に低くなってきているとされてきた塩分濃度が、2010年代半ばに反転し、2010年代後半には急激に高くなりつつあることを見出しと発表した。
同成果は、北大低温科学研究所の青木茂 准教授、同・平野大輔 助教、北大大学院環境科学院の山崎開平 大学院生、JAMSTECのの勝又勝郎 主任研究員、東京海洋大南極地域観測事業基本観測プロジェクトの嶋田啓資 特任助教、東京海洋大海洋環境科学部門の北出裕二郎 教授、同・村瀬弘人 准教授、水産研究・教育機構外洋資源部の佐々木裕子 研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
南極底層水は、南極大陸の沿岸で誕生して世界中の大洋の底に向けて拡がっていく、大洋で最も重い海水だ。南極沿岸を起点とした底層水の循環は、地球規模での熱や物質の輸送に大きな影響を与えており、地球の動脈といえる。オーストラリア南方に位置するオーストラリア-南極海盆における南極大陸近傍海洋では、観測が始まった1970年代から2010年代の前半まで、低層の塩分が低くなり続けていることが確認されていた。同時に、底層水の量も少なくなり続けており、底層水の循環が弱まっている可能性を指摘する研究もあった。
塩分濃度の低下には西南極(南極大陸の西経領域)にある棚氷(氷床から流れ出して周辺の海上に浮かんだ部分)の融解が加速しており、淡水の流出が増えていることが背景にあると指摘されてきた。棚氷の融解の背後にあるのが氷床(長い年月をかけて降り積もった雪が押し固められてできた巨大な氷の塊)の流出であり、それが加速している。結果として、地球の平均海水位の上昇にもつながっていると考えられている。
深海底の塩分の時間的な変化を記録するためには、決まった場所に置いて極めて高い精度で繰り返し観測を行う必要がある。南極の夏から秋に当たる2018年12月から2019年3月にかけて、水産庁所属の大型漁業調査船「開洋丸」(全長93.01m、総トン数2630トン)はこの海域を海面から海底まで広範囲にカバーする海洋観測を実施した。
一方、東京海洋大は、同大学海洋学部所属の練習船「海鷹丸」(全長93.0m、総トン数1886トン)によって、東経110度に沿ったライン上を南極大陸の地殻まで長年にわたって観測してきた。中でも2015年には、高精度海洋観測が実施された。共同研究チームは今回、この2隻による観測結果と、これまで世界各国が実施してきた海洋観測の結果とを合わせて解析を実施。塩分の時間的な変化傾向の最新分析が行われた。
その結果、低層の塩分濃度は2010年代中盤を境に反転していることが確認され、さらに2010年代後半では急速に高くなっていることも判明した。この高塩分化傾向は、より東側にあるロス海の近傍ほど強く、西側へ行くに従って弱くなっていることから、東側に変動の主要因があることが推測された。また、これまで減り続けていた底層水の厚さも回復し、低層水の量が増加していることが確かめられている。
今回の結果は、西南極の棚氷の融解スピードが一段落して海に淡水が供給されなくなり、下流にあるロス海でできる底層水の塩分が上昇したことが原因と推測されている。氷床から深海底へとつながる水輸送ルートの働きを示していると考えられており、これまでとは逆のことが起こりつつあるとしている。
共同研究チームは今回の結果から、南極の深海が従来考えられていたように一方的に変化しているわけではなく、変化の様相が刻々と変わることが示されたとした。底層水は、地球の気候全体にも大きく関わる。底層水の塩分がこのまま増え続けて昔の状態に戻るのか、あるいは近い将来もう一度反転して再び低くなるのか、観測網を整備して引き続き注視していく必要があると警告している。