国立天文台、東邦大学、東京大学の3者は共同で8月31日、地球から約59億光年の距離にある「ほうおう座銀河団」の中心に位置する巨大銀河において、吹き出してからまだ数百万年という若いジェットを発見したことを発表した。
同成果は、国立天文台水沢VLBI観測所の赤堀卓也特任研究員らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、「日本天文学会欧文報告(Publications of the Astronomical Society of Japan)」に掲載された。
銀河団は、ダークマターの強い重力によって、数十個から数千個の銀河が集まって形作られたと考えられている。またダークマターは銀河団内に銀河だけでなく、一千万度を超えるような高温のガスも大量に閉じ込めており、強いX線を放射している。
X線が放射されると、ガスからは次第に熱が失われていく。その結果、圧力が低下して均衡を保てないようになり、ガスはダークマターの重力でさらに中心部に落ちていく。中心部にガスが集まるとX線の放射がより強まり、ガスの熱が失われるということが繰り返されていく。こうして、冷えたガスが中心の銀河に降り積もると、星は冷えたガスから形成されることから、大量の星の形成(スターバースト)が発生するというシナリオが予測されている。
ところが、天の川銀河近傍にある銀河団では、大量の冷えたガスとスターバースト現象は見つかっていない。その理由は、各銀河団の中心に位置する銀河に存在する超大質量ブラックホール(太陽質量の数百万倍から数十億倍)からジェットが吹き出してエネルギーを供給し、ガスが冷えないようにしているためと考えられている。
今回、赤堀特任研究員らは、天の川銀河近傍の銀河団とは状況が大きく異なっていることから、ほうおう座銀河団に着目した。同銀河団の中心には、通常の1000倍という早さでもって爆発的に星が形成されている巨大銀河が存在していたからだ。アルマ望遠鏡を用いたこれまでの観測から、赤堀特任研究員らほうおう座銀河団の中心部で例外的に大量のガスが冷えている結果を得ており、巨大銀河に見られる爆発的な星形成の種となる可能性があると考えていた。
一方、その巨大銀河の中心にも超大質量ブラックホールが確認されている。しかも、毎年太陽60個の質量を取り込んで急成長しているという超大物だ。しかしこれだけの質量を取り込んでいても、天の川銀河近傍の銀河団の銀河のように、ジェットを吹き出しているという証拠は、解像度や感度不足もあるが、これまでのところ確認されていなかったのである。
そこで赤堀特任研究員らは、水沢VLBI観測所で行っている比較的高い周波数によるジェットの観測に着想を得て、従来用いられていたジェット全体像の観測のための周波数よりも、さらに高い周波数の電波を長時間にわたって観測するという手法を実施した。観測には、より長い観測時間を得られる南半球の電波干渉計オーストラリア・コンパクトアレイ(ATCA)が選ばれた。
その結果、ほうおう座銀河団の中心部の高感度・高解像度のデータの取得に成功。中心部の銀河から吹き出すジェット(電波放射)を確認することができたのである。画像1が、観測されたジェットを捉えた画像だ。左右とも同じ領域で観測された電波の強度を色として示したもので、「C1」となるのが観測ターゲットとなった中心部の銀河。左図はC1の強度分布がわかるように示されており、右図は右上と左下の両方向に伸びたジェットからの電波強度がわかるようにコントラストが調整されている。
今回の観測により、吹き出したジェットは、時代が異なると考えられる2組が存在していることも判明。画像1右図の「C5」と「C6」のペア(点線の四角で囲まれた領域)が以前に吹き出したもので中心より遠方に位置している。最近のものが「C3」と「C4」のペア(点線の楕円で囲まれた領域)で、より中心部に近い。「C3」と「C4」の年齢は銀河団に比べてとても若く、誕生から数百万年と推定された。
銀河団の中心部で大量のガスが冷えているにもかかわらず、ジェットの存在が確かめられたということは、これまでの理解とは異なり、ジェットがガスの冷却を止めることができていないことを示す。その理由としては、今回観測された最近のジェットは吹き出したばかりのため、ガスの加熱が十分に進んでいないことが考えられるという。
赤堀特任研究員は、「ほうおうは本来フェニックス、つまり不死鳥のことです。不死鳥の伝説の通り、この銀河団は死につつあるが今まさに甦ろうとしているのかもしれません。建設の始まる超大型電波望遠鏡SKA(エスケーエー)を用い、さらに高感度かつ高解像度でこの天体を観測して、天の川銀河近傍の銀河団との違いがなぜ生じているのかを解明していきたいです」と、今後の抱負を語った。