宇宙航空研究開発機構(JAXA)とトヨタ自動車は8月28日、トヨタの燃料電池車両(FCV)技術を用いて、両者が共同開発を進めている月面探査用の有人与圧ローバの愛称を「LUNAR CURISER(ルナ・クルーザー)」と命名したことを発表した。

JAXAとトヨタは、古くは2013年に国際ステーションにて若田光一宇宙飛行士と会話実験を行った小型ロボット「KIROBO」の時代から、共同研究を行ってきた関係だ。

今回の「ルナ・クルーザー」の研究開発は、2018年5月より連携協定に基づいて両者が概念検討を始めたのが出発点である。両者が協力して月面探査用の有人与圧ローバの開発を進めていくことが正式発表されたのは、2019年3月12日のこと。両者が国際宇宙探査ミッションでの協業の可能性を検討していくことについて合意した際、その第1弾として有人与圧ローバについて協力して検討することをさらに加速させていくことが発表されたのである。その後、2019年6月13日には共同研究協定が締結され、「ルナ・クルーザー」の研究開発は鋭意進行中だ。

「ルナ・クルーザー」という愛称には、共同研究において試作車の製作など実際にモノづくりを進めていく中で、関係者や一般の方々に親しみを持ってもらいたいという想いがある。そして、トヨタの世界的な人気を誇る4WDクロスカントリー車「LAND CRUISER(ランドクルーザー)」が持つ「必ず生きて帰ってくる」という精神や、品質・耐久性・信頼性を、月面という過酷な環境で活動する有人与圧ローバにも引き継いでいきたいという想いが込められているという。

ちなみに「ランドクルーザー」は、世界最強といわれるほどの不整地踏破能力を持つことで知られたトヨタ車だ。何しろ、“「ランドクルーザー」が通れない道は、もうほかのどんなクルマで通れない”といわれるほどである。「ルナ・クルーザー」は、ほぼ真空で、大小さまざまなクレーターやレゴリスなどが待ち受ける過酷な月面環境で活動することから、そんな「ランドクルーザー」のスピリットを引き継いだ愛称はふさわしいといえるだろう。

なお燃料電池技術が月面で有効なのは、酸素と水素を燃焼(酸化)させることでエネルギーを得られるのと同時に、“廃棄物”である水が宇宙飛行士の飲料水や生活用水などにもなるからだ。要は、無駄がとても少ないのである。さらにシステムとして航続距離1000km当たりのサイズ(容積)や重量(質量)が、リチウムイオン電池方式と比較して小型かつ軽量であることも大きなメリットだという。

また月面では、高緯度地方のクレーターの永久影(太陽光が角度的に当たらない領域)には水が氷の形で発見されており、将来的に月面都市を運営していく際にも燃料電池技術は有効だ。現地調達した月面の水を太陽光発電による電気分解で酸素と水素を作り出し、それを燃料として使用。そして廃棄物である水は飲料水や生活用水、さらに再び電気分解して燃料とすることもできるというわけである。

「ルナ・クルーザー」の現時点で発表されている予定スペックは、全長6.0m×全幅5.2m×全高3.8mで、マイクロバス約2台分。居住空間は13立方メートルの四畳半のワンルーム程度で、2名が滞在可能だ。現在開発中の次世代燃料電池技術を搭載する予定で、水素と酸素を満充填した状態での走行距離は1000キロメートルとなっている(太陽光発電パネルを展開して充電できる仕組みなども検討されている模様)。6輪で不整地踏破能力が高められており、トータルで1万キロメートル走行できる耐久性能を有し、自動運転機能も搭載する計画だ。

2020年度の研究開発計画は、シミュレーションによる走行中の動力や放熱の性能確認、タイヤの試作・走行評価、VR(仮想現実)や原寸大の模型を活用した車内の機器配置の検討など、各技術要素の部品の試作、試作車の製作が行われている。そして「ルナ・クルーザー」の打上げ予定は現在のところ、2020年代後半が目標だ。

またJAXAとトヨタは「ルナ・クルーザー」の開発以外にも、“チームジャパン”としての宇宙開発の仲間づくりも進めている。その一環として、両者に日本の基幹ロケットHシリーズなどを手がける三菱重工業も加えた3社が幹事会社となって、2019年8月から「有人与圧ローバが拓く“月面社会”勉強会」(通称・チームジャパン勉強会)を実施中だ。

勉強会はこれまで3回実施されたほか、月面社会共創セッションが1回開催され、参加登録企業は約100社に及ぶ。これらの勉強会などでは、「ルナ・クルーザー」を出発点として、将来の月面社会のビジョンや課題についてさまざまな業種間で横断的な意見交換を行っているという。今後もJAXAとトヨタは、さまざまな業界の企業の技術力や知見を結集し、“チームジャパン”として持続的な月面活動の実現に向けて挑戦していくとしている。

  • ルナ・クルーザー

    「ルナ・クルーザー」のイメージ。左側面に太陽光電池パネルを展開していないイメージ図も公開されている。右下の宇宙飛行士は、「ルナ・クルーザー」同比率 (C)JAXA/トヨタ (出所:トヨタWebサイト)