東京大学と国立天文台は8月27日、ハワイのすばる望遠鏡に搭載されている超広視野主焦点カメラ「Hyper Suprime-Cam」(ハイパー・シュプリーム・カム:HSC)の画像を用いて、3万4476個の既知のクェーサーを分析し、さらにKeck-I望遠鏡とGemini-North望遠鏡を用いて分光観測することで、銀河の衝突・合体という進化の過程で重要な「二重クェーサー」を3組特定したと発表した。

同成果は、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)のジョン・シルバーマン准教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米天体物理学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル」オンライン版に掲載された。

遠方にあり、莫大なエネルギーを発するクェーサーはかつては謎の天体とされてきた。しかし近年では、巨大銀河の中心に位置する超大質量ブラックホール(太陽質量の数百万倍から数十億倍)の周囲を大量の物質が周回した結果、その超大質量ブラックホールが高温に加熱され、それによって巨大銀河全体をも凌駕するほどの光を放出している現象と考えられている。

今回の研究で対象となっている二重クェーサーとは、銀河が衝突・合体する過程において、それぞれの銀河中心にある超大質量ブラックホールがクェーサーとして光り輝き、ペアとして見える現象のことである。ただし、どちらも明るく活動的なペアとしていえることは珍しく、これまでのところ、シミュレーションで予測されるよりもはるかに少ない個数しか発見されていない。

二重クェーサーをより多く撮影するためには、ふたつの条件が観測機器に求められる。まず、ふたつのクェーサーは近接していることから、どちらの光もきちんと分離できる性能が必要だ。そして、このような希少な現象を十分な個数撮影するために必要なのが、広い視野だ。これまでは、このふたつを兼ね備えた観測が困難だったため、二重クェーサーの発見例が少ないのだという。

そこでシルバーマン准教授らは、すばる望遠鏡に取り付けられた“世界最大のデジタルカメラ”こと、高分解能・広視野を誇るHSCを用いることにした。宇宙地図製作プロジェクトであるスローン・デジタル・スカイ・サーベイ(SDSS)によって発見された3万4476個のクェーサーを対象に、HSCが撮影した画像を用いて分析。ふたつもしくはそれ以上の異なる中心を持つクェーサーの特定が行われた。

なお、実をいうとシルバーマン教授らは、最初から二重クェーサーの探索を目的としていたのではなかったという。当初は、明るいクェーサーがどのような種類の銀河に存在する傾向にあるのかを調べていたのだそうだ。そのうち、中心に光源がひとつしかないと思われていた場所に、ふたつ光源があるケースが見つかり始めて、二重クェーサーの探索へと変わっていったのである。

二重クェーサー候補の絞り込みには自動解析手法が用いられ、421個の候補まで絞り込まれた。しかしそれらの候補は、天の川銀河内にある恒星が偶然投影されて二重クェーサーのように見えている可能性も多かった。二重クェーサーである決定的な証拠を得るために必要となるのが、ふたつの異なるクェーサーであるという確実なシグナルを得られる光学分光観測である。

そこでシルバーマン教授らは、すばる望遠鏡の“ご近所仲間”であるハワイ・マウナケア山頂に建つKeck-I望遠鏡とGemini-North望遠鏡を用いて観測。421個の候補の大半が消え、わずかに3個が二重クェーサーとして特定された。なお、このうちのふたつはこれまで知られていなかったクェーサーである。

画像1が今回新たに発見された二重クェーサーのひとつで、46億光年彼方にある「SDSS J141637.44+003352.2」だ。ふたつのクェーサーは1万3000光年離れている。片方のクェーサーの方がより赤く見えている理由は、銀河が衝突・合体する際に副産物として生じたダストの影響を受けているためだ。

また、それぞれの超大質量ブラックホールの質量は、太陽質量の1億倍程度と見積もられている。その巨大な重力により、光速の約100分の1という毎秒数千キロメートルという途方もない高速度で、ふたつの超大質量ブラックホールの周囲をガスが移動している兆候が見られるという。

シルバーマン教授らは今回の観測結果から、宇宙の全クェーサーの0.3%が、銀河の衝突・合体の過程により、超大質量ブラックホールがふたつ存在しているとしている。この割合の低さも、これまでの探索で発見されにくかった理由のひとつのようだ。

一方、今回の研究プロジェクトに参加している東京大学大学院理学系研究科所属のShenli Tang大学院生は、二重クェーサーは非常に希な現象ではあるが、銀河進化の重要な段階を示しているとコメント。中心の超大質量ブラックホールが、銀河の合体によって目覚めてガスなどを吸い込んで質量を増していき、ブラックホールが属する銀河(ホスト銀河)の成長にも影響を与える可能性があると述べている。

またシルバーマン教授らは、さらに多くの二重クェーサー候補のスペクトルをすでに発見しているという。今回発表された3つの二重クェーサーは、HSCを用いて得られた成果の、ほんの始まりに過ぎないとも述べている。

  • 二重クェーサー

    二重クェーサー「SDSS J141637.44+003352.2」。上段左と中央がHSCにより撮影されたもの。右はGemini-Northの撮影。下段は分光観測の結果で、左から3つのグラフがKeck-Iによるもので、右のひとつがGemini-Northによるもの。ふたつのクェーサーそれぞれに関係する、幅の広い輝線が見られるのが特徴だ。これは、ガスがふたつの異なる超大質量ブラックホールの近傍を毎秒数千キロメートルという高速度で移動していることを示している (C)Silverman et al./Kavli IPMU (出所:Kavli IPMU Webサイト)