東京工業大学(東工大)元素研究戦略センターは、「アンモニア(NH3)を合成するLaN(窒化ランタン)化合物上にNi(ニッケル)ナノ粒子を固定化したNi/LaNという新触媒を開発し、同センターが以前に開発したRu(ルテニウム)利用のエレクトライド(電子化物)触媒利用法に比べ、Ruという貴金属を使わない点で、大幅に合成の低価格化ができる見通しを得て、アンモニアのオンサイト生産法に新しい活路を見いだした」と発表した。
同成果は、同センターの叶天南 (Tian-Nan Ye) 特任助教、同 北野政明 准教授、細野秀雄 元素研究戦略センター長・栄誉教授らによるもの。研究成果の詳細は、英国の科学誌「Nature」(オンライン版)で公開された。
細野秀雄 元素研究戦略センター長・栄誉教授は「現在のアンモニア合成法であるハーバー・ボッシュ(HB)法は、400~500℃・100atm(980MPa)の高温高圧条件下で、アンモニアの合成を実現することで、アンモニア合成法の工業化を実現した」とする。高温高圧条件が必要とされる理由は、空気中の窒素ガス(N2)は強固な共有結合をしているために、Nに乖離するために大きなエネルギーが必要になるからである。
ハーバー・ボッシュ法はドイツで1910年に実用化され、その後に約100年間にわたって活用されてきた。これによって窒素化合物の人工肥料が生産できるようになり、世界中の農業生産性が飛躍的に高まったが、ハーバー・ボッシュ法ではアンモニアを集中生産方式で製造するために、その輸送・保管コストが高いという課題があった。試算では、アンモニア利用コストの約40%は輸送・保管コストが占めているともされている。
これに対して、細野教授の研究グループはJST(科学技術振興機構)が戦略的創造研究推進事業として始めたACCELに、2013年に採択され、C12A7(12CaO・7Al2O3)酸化物などのエレクトライドという新物質の応用展開・事業化を図ってきた。
電子的な応用などを目指してきた中で、Ru利用の新触媒によるアンモニア合成法を2012年に発見し、2014年から2015年にかけてその反応機構などを明らかにし、その実用化技術の研究開発を進める中で、アンモニアを比較的、室温・常圧に近い温和な条件で合成する研究開発も進めてきた。
この取り組みはその後、2017年4月に味の素、VC(ベンチャー・キャピタル)のユニバーサル・マテリアルズ・インキュベーター、個人などが合計4.5億円を出資する形で、東工大発ベンチャー企業「つばめBHB」が設立され、味の素のアミノ酸事業の中核となるアンモニアを工場内でオンサイト生産する事業の実用化を目指してきた。つばめBHBの設立時点での触媒はRu利用のエレクトライドであり、つばめBHBでは、その工業化・実用化を図ってきた。
これと並行して、東工大元素研究戦略センターは、アンモニア合成向けの新触媒の研究開発を大学側として意欲的に行い、いくつかの新しい新触媒を見いだしてきた。
その中で、今回はNi/LaNというアンモニア合成触媒の開発に成功し、その合成反応機構を解明することにも成功したという。
Ni/LaNのアンモニア合成反応機構は、LaN結晶の表面にNがない空孔と呼ばれる点欠陥ができ、このN空孔が近くにあるN2を取り込むことでN2が活性化されるというもの。具体的には、まずLaN結晶の表面にある、H2の高い解離能力を有するNiがH2を活性化されることで、LaN表面のNが活性化し、Nがない空孔ができる。そして、このN空孔が近くにあるN2を活性化させ、N-Nの結合を分離、H2が活性してできたHと反応しN-H結合を形成し、最終的にNH3が生成される反応だと推定されるとしている。
ここで重要となるのは、NiはH2の活性化には関係するが、N2の活性化はN空孔が寄与するというメカニズムである点だ。つまり「強固な共有結合のN2は、N空孔に捕捉され、その結果、NがHと反応するという新しい反応メカニズムである点が、アンモニア合成には好都合な反応になる」と研究グループは説明する。
なお、この成果を踏まえ、「太陽光発電などの再生可能エネルギーによって水を分解してつくったH2と、空気中のN2を合成する"グリーンアンモニア合成法"の実用化に向けて大きく前進した」と、細野センター長は解説している。