在宅勤務下では就業時間だけ仕事をするというわけにいかない。子供など家族と同居している場合は、自分の思い通りに時間配分できない事情もあるだろう。その結果、就業時間がすぎてもメールやチャットで連絡があれば対応し、夜中に資料を作成している、などということも考えられる。通勤時間はない代わりに、始まりも終わりも不明確なのが在宅勤務だ。一方で、いかに生産性を保つか?苦心する上司は、随時目の届く範囲では無くなった部下を過度に気にしてしまう。多くの在宅勤務のアンケート結果からはワーク・ライフ・バランスの難しさも浮かび上がる。
在宅勤務が続く可能性があるとすれば、雇用主と雇われる側はワーク・ライフ・バランスにどう取り組めば良いのか?キャリア・教育から雇用、テクノロジー分野まで広く執筆を行うAdi GaskellさんがForbesの記事「Is A Blurred Work-Life Balance The New Normal?」(曖昧なワーク・ライフ・バランスはニューノーマルなのか?)でユニークな考察を述べている。
ワークとライフの境界が曖昧になることを喜んで受け入れられる"スマートフォン"のような存在になるべきだーー記事では、スマートフォンなどのモバイル端末とワーク・ライフ・バランスに着目したフィンランドの大学の調査を参照する。調査論文「The Smartphone as a Pacifying Technology(人々をなだめるスマートフォン) 」は、スマートフォンが持つ機能的利点はもちろん、感情的、心理的利点が快適さや心地よさ、ストレス解消に影響するという研究結果。企業が従業員に配るなどビジネスシーンでも活躍する、便利で多機能なスマートフォンに24時間"縛られている"のだろうか?と。
また、別の調査では業務後のスマートフォンによる上司部下のコミュニケーションの有効性を指摘。対話を通じて柔軟に対応することが、自律性や効率性、従業員エンゲージメントの強化などに役立つことを述べている。
従業員が最もやりやすいやり方を伝え、企業はそれが実現できるように協力する絶好のタイミングだと前向きに捉えるべきで、在宅でのワーク・ライフ・バランスについて話し合いの場を設け、共同で解決にいたる。このプロセスは、従業員との関係を強化できる機会にもなり、話し合いの内容に、従業員の家族についても含めることで、その従業員が家族でどんな役割を持っているのかの理解も深まる。
ワーク・ライフ・バランスのために就業時間がすぎると企業システムへのアクセスを遮断するのではなく、スマートフォンがもたらす柔軟性を最大活用することを提唱している。ワークとライフの境界が曖昧であることのメリットもある。部下と上司、従業員と雇用者という関係を乗り越えられるチームであれば、それが極めて強い組織であることは言わずもがな。率先して曖昧にすることを勧めているわけではないし、当然、無理強いする家族参加ではない。あくまでワーク・ライフ・バランスには"柔軟性"をもって対応しようということだ。
世界のいたるところ、そもそもがイレギュラーな形での対応から始まっているのが大半のテレワークや在宅勤務。法体系や社内規則を含め歴史が浅いのは当然で、その意味でも一定の曖昧さは それこそ、"しょうがない(仕様がない)"こと。問題があれば話し合い、解決していくことが重要なのだ。遊びのないブレーキは危険ですらある。記事では、「バラバラに分散したチームがちゃんと機能するためには、小さな成功を喜んだり、信頼の文化を構築したり、先回り的にコミュニケーションするスタイルを取る必要がある」「見えないところにいるスタッフがちゃんと仕事をしているという信頼、そして難しい時期を一緒に乗り越えるという思いやりが重要になる」と互いの信頼と思いやりが、曖昧なワーク・ライフ・バランスにおいて大切な価値観であることを説いている。