絶縁技術とは何か?
「絶縁」とは、回路にある個々の部品の間で信号を電気的・物理的に分離することを指します。たとえば、アナログ/デジタルコンバータ(ADC)に流れるアナログセンサからの出力信号を電気的に分離することがあげられます。
また、ライン接続されたAC-DC電源の出力を、患者に装着した血圧計から分離することも絶縁と言えます。どちらの場合でも、電気的な絶縁が、ソースで発生した急激な高過渡電圧による接続回路の損傷を防止できます。また、高圧電源を使用する場合には、この処置を実施することで電気的絶縁障壁を設けることにもなります。この電気的絶縁障壁は、感電からユーザを保護することを目的とした、国際的に認められた安全基準の順守に役立ちます。電気的絶縁には、電気回路または機器にある別々の2部品の間の漏電を防止したり、接地ループを遮断したりすることができる利点もあります。
現在、多くの電子工学的な設計において絶縁は不可欠な技術になっています。この技術は、工業用オートメーション機器のコントロールユニットのような、電気的ノイズの多い環境で特に必要とされます。
コントロールユニットでは、センサからの入力を、高電圧過度による損傷を受けやすい集積回路に送る必要があるからです。産業分野では、コントロールキャビネット機能と別のコントロールキャビネット機能との相互接続や、電動モータの駆動、有線ネットワークとの相互接続といった場面でも絶縁が必要になります。
通常、入力から出力までが重要な絶縁要件となります。しかし、関係する複数の信号を絶縁する場合は、各信号、またはチャンネル間の絶縁が必要です。電気的絶縁を確実に行うには、入力側と出力側のそれぞれに、接続されていない個別の接地経路を設けなければなりません。
絶縁はアナログとデジタル、どちらの領域でも行われます。分離を実現する一般的な方法として、アナログ絶縁アンプがあります。たとえばアナログ温度センサと関連するADC間の絶縁に使用する場合には、絶縁アンプ自体が絶縁素子となるか、物理的な分離を実現します。しかし、ほとんどのエンジニアは、電磁ノイズの影響を軽減するため、検知したアナログ信号をできるだけ早くデジタル領域に送るべきだと考えるようになってきました。現在では多くの場合、環境要因の測定に使用するアナログのセンサ素子では、高精度のADCと低消費電力のマイクロコントローラが単一のコンパクトなパッケージに収納されています。
電気的および物理的な分離を設けるにはいくつかの方法があります。容量性絶縁では、電荷が絶縁障壁を通過するようにします。導通技術による絶縁の場合は、別々の巻き線をトランスに巻き、それを障壁として使用します。どちらの方法も比較的高いデータレートに適していますが、導通による方法では磁場の干渉を受けやすくなります。容量絶縁方式も浮遊電界からの干渉を受けることがあります。フォトカプラICはよく使用される効果的な技術で、単一のパッケージ内でLEDとフォトダイオードがエアギャップによって分離されています。消費電力が大きく、LEDのスイッチング速度が比較的低いことから、この分離方法は他の方法と比べて使用が限定される傾向があります。
デジタルアイソレータICのアーキテクチャ
ガルバニック絶縁を用いた4チャンネルのデジタルアイソレータICの一例として挙げられるのが、CMOSにより高速化された低消費電力のシリコン・ラボ社の「Si864xシリーズ」です。
同シリーズは最速150Mbpsでの動作を実現しており、UL 1577に準拠した1分あたり最大5000Vrmsの絶縁が可能です。2.5~5.5VDCの供給電圧に対応し、データレート100Mbps、供給電圧2.5VDCの条件下での消費電力は1チャンネルあたり3.5mAです。また、強化絶縁仕様のSi864xTシリーズは10kVまでのサージ耐性を備え、VDE 0884-10仕様に適合しています。AEC-Q100に準拠した車載用の派生シリーズも用意されています。最大50kV/µsの過渡耐性を備え、シリーズ全体で標準的に10ns未満の伝搬遅延を実現しています。推奨される電圧範囲で使用した場合、製品寿命はおよそ60年です。
Si864xシリーズは、各チャンネルに半導体式の絶縁障壁を使用しており、変調されたRF信号がこれらのチャンネルを伝搬します(図1参照)。送信チャンネル「A」では、RFオシレータによってキャリア信号がモジュレータに送られます。その結果、「1」というロジック信号の入力がある場合、変調された信号が障壁を通過し、受信チャンネル「B」に届きます。受信された信号は復調され、出力側に送られます。このRFオン/オフ変調の絶縁技術により、同シリーズは高いノイズ耐性を備え、浮遊磁場による影響を受けにくくなっています(図2参照)。
Si864xシリーズのデジタルアイソレータICには、低伝搬遅延や高速データレートという特性に加え、消費電力が低いという特徴があります。同シリーズのアイソレータは、SOIC-16 WideからSOIC-16 Narrow、QSOPに至るまで、さまざまなサイズのコンパクトパッケージに対応しており、スペースに制約のある設計に適しています。
Si864xシリーズの4チャンネルアイソレータにはピン配列設定が異なるオプションが用意されており、基板レイアウト、電源接地、絶縁などの要件に対応できます(図3参照)。フェイルセーフ動作向けにデフォルトで高出力または低出力を選択できる、派生デバイスも用意されています。出力はすべてトライステート出力で、単一のイネーブルピンによりすべての出力を制御します。
デジタルアイソレータを使用した設計の試作
デジタルアイソレータICをどんな設計に実装するとしても、実用レベルの試作品をすばやく製作できるかどうかが重要です。
Si86xxISO-KITには、Si86xxシリーズを使用した試作品を設計するのに適した評価ボードが含まれています。この評価ボードにはSi86xxシリーズの異なる6つのデジタルアイソレータ(Si8600、Si8605、Si8621、Si8655、Si8663など。図4参照)が組み込まれており、I2CやSMBusといったシリアル通信バスに使用する絶縁回路の試作に最適です。
Si860xシリーズのICには、1.7MHzのI2Cを備えた2つ(SDAとSCL)または3つの双方向チャンネルがあり、Si866xシリーズには6つの一方向チャンネル(順方向3、逆方向3)があります。Si865xシリーズには一方向チャンネルが5つあり、超コンパクトサイズのSi862xシリーズには順方向、逆方向チャンネルがそれぞれ1つあります。
ICそのものを使った試作に加えて、アプリケーションによってはICを組み込むプリント基板設計に推奨事項があることに注意してください。
特に、高電圧レベルの絶縁(電圧が30Vrmsを超えると危険とみなされます)がこれに該当します。Si86xxシリーズのデジタルアイソレータが耐えられる最大絶縁電圧はデバイスによって異なりますが、1分間で最大2500、3750、5000Vrmsのいずれかです。プリント基板のレイアウト設計においては、発生する最大電圧を空間距離と沿面距離という観点から考慮する必要があります。空間距離とは電気アークが空気中を進む場合の最短経路を意味し、沿面距離とは導電性の2部品の間にある絶縁体の表面に沿った最短経路のことを言います。プリント基板の強度が維持される範囲で、デジタルアイソレータの下でプリント基板に溝を加工することにより、沿面距離を大きくできます。沿面距離を考慮して溝を加工する代わりに、コンフォーマルコーティングを施すという選択肢もあります。また、4層構造のプリント基板を採用すれば、インピーダンスを維持しつつEMI感受性の対策を行うことが可能です。
結論
デジタルアイソレータICを使用することで、広範囲のノイズの多い環境における電気的および物理的な絶縁をコンパクトかつ低消費電力で実現できます。
著者プロフィール
Mark Patrick(マーク・パトリック)Mouser Electronics(マウザー・エレクトロニクス)
テクニカル・マーケティング・マネージャ