楽器のマラカスを振ったとき、中の小石が飛び跳ねるのに似た分子の動きを世界最高の毎秒1600コマで動画撮影することに成功した、と東京大学大学院理学系研究科化学専攻の中村栄一特別教授らの研究グループが4日発表した。従来の同約20コマを大幅に上回り、これまで予測困難だった分子の素早い動きの分析に道を開いた。
グループは中村特別教授らが独自に開発した分子一つ一つの変化を捉える電子顕微鏡技術「原子分解能単分子実時間電子顕微鏡(SMART-EM)法」と、ウェブ動画などで活用されている画像ノイズ低減技術を活用。筒状の炭素材料カーボンナノチューブの中に球状炭素分子フラーレンを入れた状態で、毎秒1600コマで約10秒間にわたり撮影したところ、カーボンナノチューブの振動に応じてフラーレンが動く様子を捉えることに成功した。
従来は、原子間に働く力を検出する高速原子間力顕微鏡による、毎秒20コマ程度が最高。これでは分子の不規則な動きの瞬間を捉えることは困難で、解像度も不十分だった。グループはSMART-EM法などに加え、撮影した隣接するコマを重ね合わせるなどの工夫で画質を向上。統計解析も加え、分子の位置を0.01ナノメートル(ナノは10億分の1)、0.9ミリ秒の超高精度で特定した。
フラーレンの動きについて、中村特別教授は「まるでマラカスを振ったとき、中の小石が動くようだ。分子は量子力学に従うものだが、フラーレンはある程度重いので、いったん機械的な力が働くとニュートン力学に従ったような動きをみせるのではないか」と述べている。カーボンナノチューブの振動の原因は不明だが、顕微鏡のわずかな振動を受けた可能性があるという。
分子の運動や反応を直接撮影することはこれまで難しく、確率論的事象として扱われてきた。今回開発した手法でこれらの瞬間を捉えれば、個々の分子の動きを捉える研究に道を開くほか、分子を構成する原子の配置の変化、化学反応の仕組みの理解にもつながるという。
中村特別教授は「目に見えないスピードで動く物を見ることは人類の古くからの夢で、それがついに分子まできた。今後、材料科学から生命科学に至るまで、これまで理論計算でのみしか伺いしれなかったさまざまな現象の研究への応用が期待される」とする。
グループは中村特別教授、同専攻の原野幸治特任准教授、米バージニア工科大学・九州大学の村山光宏教授らで構成。成果は日本の化学誌「ブレティン・オブ・ザ・ケミカル・ソサエティー・オブ・ジャパン」の特集号に4日掲載された。
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